鈴木健一講師、楠見明弘教授ら、新たな細胞固定法を確立:1分子追跡が過去50年の抗体マーキングデータに見直しを迫る [Nature Methods]

2010年10月4日

 国立大学法人京都大学(総長 松本紘)は、細胞内での分子分布の観察のための、細胞分子固定の標準法を新たに確立しました。

 生体試料を「固定」してから観察するのは、医学・生物学の領域では250年来の伝統ある方法です。最初は、柔らかい生体試料を「固くして」切断しやすくする目的で、現代的に説明すると、細胞内で「分子が動かないように固定」することが目的で、用いられてきました。18世紀のヨーロッパで始まり、最初はアルコール漬けでした。マリー・アントワネットの主治医であったヴィックダジールも、この方法を最初に記述した一人です。ホルマリン固定は、それから約120年後の1893年にドイツの医師ブルムが始めました。現在でも、医学・生物学分野では、細胞や組織の微細構造や分子分布、及び、それらの異常を調べるのは常に重要ですが、最初のステップは、ホルマリン、かつ/または、グルタールアルデヒドなどの分子(化合物)による「化学固定」です。このような現在の細胞分子固定法は、1960年代に、当時大きく進歩しつつあった光学顕微鏡と電子顕微鏡を細胞の研究に応用することを目的として開発されました。

 この50年来、この方法が用いられてきましたが、今回の研究で、これでは分子固定が不十分なことが多いことがわかりました。蓄積されたデータすべてについて、再検討が必要になりました。特定の分子をマークして分布を調べるには、その分子の抗体に蛍光分子や微小金粒子などを結合させ可視化しています。ところが1個の抗体は2個の分子に結合できるため、分子固定が不十分で分子が動きうる条件で抗体マーキングをすると、通常では起きない分子の集合が起こっていたのです。さらに、分子の集合は、細胞にとってはある種のシグナルで、その集合部分に、他の未固定分子が集まることも起こります。研究者がこれに気づかないと、「2種類の分子が多数集まって働いている」、という「発見」をしたという誤解が起こります。本研究では、特に、細胞膜上で、シグナル伝達、多くのウィルスの感染や増殖、アルツハイマー病発症などに関わる重要な領域であるラフト領域に関わる分子で、これが顕著なことがわかりました。これは、様々なラフト関連分子の運動を、私たちが開発した最新の方法である「1分子追跡法」で調べた結果わかったものです。固定後は、同じ分子でも様々な固定状態で存在するので、1分子ずつ多数の分子を調べる方法が特に有効でした。

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 本研究は、楠見明弘(京都大学 物質-細胞統合システム拠点(iCeMS)・再生医科学研究所 教授、JST 国際共同研究プロジェクト(ICORP)ー膜機構プロジェクト・総括責任者)、田中賢治(京都大学 大学院生、現在、(株)味の素)、鈴木健一(JST戦略的創造研究推進事業 さきがけ研究者、京都大学 iCeMS 特任講師)、らの共同研究として行われました。今回の研究成果は2010年10月3日(米国東部時間)、米科学誌『Nature Methods(ネイチャー・メソッズ)』オンライン版で公開されました。誌面では2010年11月3日号に掲載予定です。


固定法を作った人たち

Félix Vicq-d'Azyr Félix Vicq-d'Azyr(ヴィックダジール)

固定法は、組織学、解剖学、薬理学の歴史を作ってきた方法でもある。最初は、柔らかい生体試料を「固くして」切断しやすくする目的で、現代的に説明すると、細胞内で「分子が動かないように固定」することが目的で、用いられてきた。最初におこなわれたのは、アルコール漬けにする方法で、18世紀の後半にヨーロッパで始まった。マリー・アントワネットの主治医であったヴィックダジールも、この方法を最初に記述した一人である。
 
Blum F
ホルマリン固定は、それから約120年後の1893年にドイツの医師ブルムが始めた。
 
Karnovsky MJ
現在の化学固定法は、1960年代に、カルノフスキーを代表とする多くの人々によって確立された。この方法では、ホルマリン、かつ/または、グルタールアルデヒドなどの分子(化合物)の溶液を用いる。これらの分子は、重合性の分子で、細胞内の分子と共有結合して、ほとんど全ての分子をつないでしまおうとするものである。これは「化学固定」と呼ばれる。当時大きく進歩しつつあった光学顕微鏡と電子顕微鏡を細胞の研究に応用することを目的として開発された。

文献情報

Extenal LinkMembrane molecules mobile even after chemical fixation

Kenji A K Tanaka, Kenichi G N Suzuki, Yuki M Shirai, Shusaku T Shibutani, Manami S H Miyahara, Hisae Tsuboi, Miyako Yahara, Akihiko Yoshimura, Satyajit Mayor, Takahiro K Fujiwara, and Akihiro Kusumi

Nature Methods (2010) | DOI:10.1038/nmeth.f.314
Published online October 3, 2010


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