田中耕一郎教授ら、熱を加えずに結晶を柔らかくすることに成功:高強度テラヘルツ電磁パルスで分子ネットワーク操作が可能に [Physical Review Letters]

2010年11月1日

 国立大学法人 京都大学(総長 松本紘)は、テラヘルツ電磁パルス(※1)と呼ばれる新しい光を物質に照射することで、1兆分の1秒の短い時間で結晶中の分子を大振幅で揺さぶり、熱平衡状態では実現できないような分子変位を実現することに世界で初めて成功しました。実験結果は結晶が実効的にやわらかくなったことを意味するもので、さらに強いテラヘルツ電磁パルスによって高効率で結晶を融解させることを示唆します。これは熱による反応を起こすことなく新しい分子間のネットワークやたんぱく質などの巨大分子の立体配位を操作できることを示しています。したがって、化学合成における反応促進や、創薬における有機分子結晶の精製での活用が考えられます。

 一般に強電場を物質中の結晶に加えると、結晶内の分子が持つ電荷分布に応じて分子配置を変化させることができます。しかし、電子レンジのように強い電場を定常的に加えると、緩和による熱が生じてしまい、分子配位を精密に操作することはできません。また高強度の光でも分子運動を起こせますが、光の電場の1周期は非常に短い(100兆分の1秒)ために効率よく分子を動かすことはできません。そこで京都大学 物質-細胞統合システム拠点(iCeMS=アイセムス)の田中耕一郎 教授、京都大学 大学院理学研究科 永井正也 助教(JSTさきがけ研究者兼任)、ムケシュ・ジェワリヤ博士(元 京都大学 大学院理学研究科)らは、熱の影響が無視でき高効率で分子を大きく揺り動かすためには、1兆分の1秒の時間だけ強電場を連続的に加えることが必要だと考えました。これまで、この研究グループでは超短光パルスレーザを誘電体結晶に照射することで発生するテラヘルツ電磁パルスの開発を行っており、1兆分の1秒の時間だけ100kV/cmを超える電場を持続させるパルスの発生に成功しています。そしてこの高強度のテラヘルツ電磁パルスをアミノ酸多結晶に照射し、結晶中を分子が非常に大きな振幅で振動していることを観測しました。このような運動は量子力学的には振動に起因する量子準位の梯子を何段も駆け上がると解釈でき、実験結果から数十段ものステップの駆け上がりを実現したと考えることができます。通常の光では数段しか駆け上がれないことを考えると、テラヘルツ電磁パルスを用いて初めて成功したと言えます。

 今回の成果はJST 戦略的創造研究推進事業、日本学術振興会学術創成プロジェクト「動的相スイッチ機構を内在する有機電子材料の開拓と非平衡物性科学への展開」(研究代表 田中耕一郎 教授)、および京都大学グローバルCOEプログラム「普遍性と創発性から紡ぐ次世代物理学」によるものであり、米国東部時間2010年11月11日に米国物理学会誌 Physical Review Letters(電子版)で公開される予定です。


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文献情報

Extenal LinkLadder Climbing on the Anharmonic Intermolecular Potential in an Amino Acid Microcrystal via an Intense Monocycle Terahertz Pulse

Mukesh Jewariya, Masaya Nagai, and Koichiro Tanaka

Physical Review Letters, 105, no. 20 | DOI:10.1103/PhysRevLett.105.203003
Published November 11, 2010


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