杉拓磨助教、嫌いな刺激に馴れる仕組みを線虫で発見

2014年11月18日

 国立大学法人京都大学(総長:山極壽一)のExtenal Link杉 拓磨 物質-細胞統合システム拠点(iCeMS=アイセムス)特任助教(科学技術振興機構さきがけ研究者)らは、単純な神経系をもつ線虫の記憶を迅速に数値化する装置を開発し、動物が不快な刺激に馴れる際の仕組みの一端を解明しました。この成果は、認知機能障害の原因解明やストレス障害の治療法の開発につながると期待されます。

 動物は、先天的に嫌いで、逃げてしまうような刺激であっても、刺激にさらされ続けると馴れてしまい、次に同じ刺激が訪れた際には行動を変えます。馴れるためには、過去に体験した刺激を学習し、記憶する必要があります。そのため、この「馴れ」の現象は、脳神経科学の分野において、古くから、学習・記憶のメカニズムを解析するモデル系の1つとされてきました。しかし、膨大な数の神経細胞から構成される脳神経系で、「馴れ」に関わる神経細胞を見つけ出し、その細胞だけを特異的に分子レベルで解析することは容易ではありません。また、学習・記憶の度合いを数値化して比較できるシンプルな実験系がほとんどないことから、解析実験に難がありました。

 一方、体長わずか約1mmの線虫C.エレガンスも、他の動物同様、体験した刺激を学習・記憶する能力があり、先天的に嫌いな刺激でもさらされることで馴れます。そこで、杉特任助教は、この線虫の馴化学習・記憶現象に着目し、馴れる前後の行動量を指標として記憶を数値化することを試みました。そして、全自動で迅速に数値化可能な装置の開発に成功し、馴れる前後の行動量を指標に記憶を数値化して比較できるようになりました。また、記憶保持の目印分子CREBのリン酸化を細胞特異的に阻害することで、嫌いな刺激に馴れる際、刺激の記憶に関わる2つの神経細胞を発見しました。そして、これら2つの神経細胞の性質から、馴れた状態を安定的に維持することを可能にする神経回路モデルを提案しました。

 線虫の遺伝子の約40%はヒトの遺伝子と同じであり、今回、明らかになった仕組みをさらに解析することで、ヒトの認知機能を解明するための手がかりが得られる可能性があります。

 本研究は、独立行政法人科学技術振興機構 戦略的創造研究推進事業「さきがけ」、文部科学省科学研究費補助金「若手研究(B)」の他、持田記念医学薬学振興財団の支援を受けておこなわれました。本研究成果は、11月17日(月)の週に科学誌「アメリカ科学アカデミー紀要(Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America)」電子版に公開されました。


(上段・左)線⾍は、通常、接触刺激や振動などの物理的な刺激を感じる と、忌避するように後ずさりする。

(上段・右)6時間程度断続的に刺激を与え続けると、この刺激に馴れ、18 時間後に再び刺激を与えても顕著に後ずさりする量が減少、もしくは消失す る。そこで、馴れる前後の移動距離を数値化して⽐較できれば、線⾍の記憶 を定量化できると考えた。

(下段)本研究から、図の神経回路において、AVAとAVDの2つの介在神経細胞が、「馴れ」の記憶の保持に関わることが明らかになった。図の神経接続では、仮に、片方の細胞による記憶維持が損なわれても、他方の細胞の記憶維持が正常である限り、記憶は損なわれない。つまり、記憶が完全に損なわれるのは両神経細胞による記憶維持が異常になった場合のみであることから、記憶の維持がより頑強であるという利点がある。図のような神経接続パターンは哺乳類においてもよく見られることから、頑強な馴れの記憶の仕組みは哺乳類においても保存されている可能性がある。
 


文献情報

Extenal LinkHigh-throughput optical quantification of mechanosensory habituation reveals neurons encoding memory in Caenorhabditis elegans(線虫における物理的刺激の馴化学習・記憶の定量化により明らかにされた記憶を担う神経細胞)

Takuma Sugi1,2, Yasuko Ohtani2, Yuta Kumiya3, Ryuji Igarashi3, Masahiro Shirakawa2, 3

Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America (PNAS) | Published Online 17 November 2014 (3PM EST)| DOI: 10.1073/pnas.1414867111

  1. PRESTO, Japanese Science and Technology Agency, 4-1-8 Honcho, Kawaguchi, Saitama 332-0012, Japan
  2. Institute for Integrated Cell-Material Sciences (WPI-iCeMS), Kyoto University, Yoshida-Honmachi, Sakyo-ku, Kyoto 606-8501, Japan
  3. Department of Molecular Engineering, Graduate School of Engineering, Kyoto University, Nishikyo-ku, Kyoto 615-8510, Japan

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