光を使って神経細胞の「痛み」感知を制御する手法を開発:新しい鎮痛療法の可能性

2015年8月6日


本研究は神経痛・脳腫瘍などの
新たな光治療法として期待されます。

 Extenal Link京都大学村上達也 物質-細胞統合システム拠点(iCeMS=アイセムス)特定准教授らの研究グループは、ナノメートルサイズの金粒子を使って、痛みを感知する神経細胞を光で活性化する手法を開発することに成功しました。この成果は、細胞機能をリモートコントロールする新しい技術としてだけでなく、神経痛・脳腫瘍などの光治療法として期待されます。

 私たちが痛みを感じるとき、ある種の神経細胞が活性化しています。その神経細胞の細胞膜上にあるTRPV1というイオンチャネルが痛みに繋がる様々な刺激(熱、酸、カプサイシンなど)を感知し、カルシウムイオンなどを細胞内に流入させることで痛みを伝達します。TRPV1は神経痛や脳腫瘍の病原として知られています。従って神経細胞のTRPV1を望みの場所・時間で活性化できれば、身体に負担の少ない治療法になる可能性がありますが、その方法は知られていませんでした。

 今回の研究では、ナノメートルサイズの棒状の金(金ナノロッド、以下AuNR*2)を用いました。AuNRは私たちの体に最も影響の少ない近赤外光を吸収し、発熱したり、発光したりするなど、様々な応答性を示す物質です。そこでこのAuNRをTRPV1近傍に輸送し、光照射による発熱作用を利用してTRPV1を活性化することを試みました。AuNRをTRPV1の存在する細胞膜に安全に輸送するには、慎重なAuNR表面処理が必要です。そこで生体材料(高比重リポ蛋白質、以下HDL)を独自に改変してAuNRの表面処理に利用してみると、TRPV1を発現する細胞の細胞膜に多量のAuNRが膜ダメージを与えることなく輸送されることを発見しました。この細胞に近赤外光照射すると、細胞膜近傍でのみ温度が上昇し、TRPV1の活性化を介してカルシウムイオンの流入がおきました。マウス脊髄から採取した痛みを感知する後根神経節細胞を用いても同様の結果が得られ、生理的条件下でも本手法は機能することがわかりました。

 この成果は、神経細胞と物質を混ぜて光を照射するだけという簡単な操作で得られます。従って本手法は、光を使った新しい細胞工学技術としても重要ですが、生体内でTRPV1の関与する疾患を治療する光を用いた新たな手法となる可能性があります。例えば、小さい分子に比べてナノメートルサイズの物質は投与された場所に留まる性質があること、近赤外光は高い生体透過性があることを利用して、この表面処理されたAuNRを生体内局所に投与すれば、繰り返しかつ望みのタイミングでTRPV1を光活性化し、治療効果を誘導することが期待されます。

 本研究は文部科学省 科学研究費助成事業(研究代表者 村上達也,課題番号24300162, 25104514)によって推進され、京都大学 物質-細胞統合システム拠点で行われたものです。

 本成果は2015年8月6日に独オンライン科学誌「Angewandte Chemie (アンゲヴァンテ・ケミー)」で公開されました。


文献情報

Extenal LinkThermosensitive Ion Channel Activation in Single Neuronal Cells by Using Surface-Engineered Plasmonic Nanoparticles

Hirotaka Nakatsuji2, Tomohiro Numata3, Nobuhiro Morone1, Shuji Kaneko4, Yasuo Mori3, Hiroshi Imahori1,2, and Tatsuya Murakami1*

*Corresponding author

Angewandte Chemie International Edition | Published Online 6 August 2015
doi:10.1002/anie.201505534

  1. Institute for Integrated Cell-Material Sciences (WPI-iCeMS), Kyoto University, Sakyo-ku, Kyoto 606-8501 (Japan)
  2. Department of Molecular Engineering, Graduate School of Engineering, Kyoto University, Nishikyo-ku, Kyoto 615-8510 (Japan)
  3. Department of Synthetic Chemistry and Biological Chemistry, Graduate School of Engineering, Kyoto University, Nishikyo-ku, Kyoto 615-8510 (Japan)
  4. Department of Molecular Pharmacology, Graduate School of Pharmaceutical Sciences, Kyoto University, Sakyo-ku, Kyoto 606-8501 (Japan)

関連リンク