細胞間コミュニケーションのリズムが発生過程に重要であることを証明

2016年2月24日

【概要】
 私たちが社会の中でお互いにコミュニケーションをとりあっているのと同様に、私たちの体の中では細胞同士はお互いに信号を出し合いコミュニケーションをとっている。細胞間の相互作用は、発生過程や組織・器官の維持のために大変重要である。今回私たちは、細胞間のコミュニケーションはリズムを刻んでいること、さらに相互作用のリズムがなくなると脳の発生過程や骨格の形成過程に異常が出ることを明らかにし、体をつくる過程において、動的な細胞間相互作用が重要であることを示した。

1.背景
 Notchシグナルは隣り合った細胞同士の相互作用によって伝達され、様々な組織の発生過程において細胞の運命決定にかかわる重要なシグナル伝達経路である。また、Notchシグナル伝達に関わる因子は2〜3時間の周期で発現が振動し、リズムを刻んでいることが知られている。しかしながら、このような遺伝子が刻むリズムの発生過程における重要性はよくわかっていなかった。

2.研究手法・成果
 隣の細胞へとシグナルを送る分子であるDelta1タンパク質の発現ダイナミクスを明らかにするために、私たちはDelta1遺伝子の末端にルシフェラーゼを融合させたレポーターマウスを作製し、その発現をリアルタイムイメージングにより観察を行った。その結果、Delta1タンパク質は体節形成過程の未分節中胚葉(presomitic mesoderm: PSM)および神経発生過程の神経幹細胞において、その発現が振動していることを明らかにした。さらにPSMにおいては隣り合った細胞でDelta1タンパク質の発現振動が同期しているのに対して、神経幹細胞においては隣接細胞間で同期せず逆位相で発現振動していることも明らかとなった。Delta1タンパク質の発現がダイナミックに変動しているということは、細胞間で伝達されるシグナルもダイナミックに変動していることが考えられる。そこで、このようなダイナミックなDelta1タンパク質の発現とそれによって生み出される動的な細胞間コミュニケーションの意義を明らかにするために、私たちはDelta1遺伝子の発現ダイナミクスを改変する試みを行った。そこで、野生型のDelta1よりも早く発現するDelta1 type1変異体とゆっくり発現するtype2変異体の2種類のDelta1遺伝子を用いて変異マウスを作製した。これらの変異マウスを用いて体節形成過程および神経発生過程においてDelta1タンパクの発現やNotchシグナル関連因子の発現を調べると、驚くことにそれらの発現は振動が止まり一定レベルで持続的に発現していることが明らかとなった。つまりDelta1の発現を少し早めたり少しゆっくりさせたりするだけで、ダイナミックに変動していた遺伝子の発現はより安定した発現を見せるようになった。Delta1の発現ダイナミクスを改変することで誘導される、Notchシグナル関連因子の発現動態の変化は、数理モデルによっても示された。ここでは、Delta1の発現にかかる時間も含めた細胞間相互作用にかかる時間を変えることで、これらの遺伝子発現は振動パターン(同位相・逆位相)と安定発現パターンとなることが示された。さらにこれらの変異マウスでは、体節形成異常がみられ椎骨や肋骨の融合が起こるなど骨格形成に重篤な障害がみられた。また、神経発生過程においても神経幹細胞から神経細胞への分化が早期に起こり始め、分裂能を有する幹細胞が早期に失われることから、最終的に小さなサイズの脳が形成された。以上の結果から、細胞間でのシグナル伝達は私たちが想像するよりもはるかにダイナミックに変動しており、これらの動きが作り出すリズムによって形態形成が制御されていることが考えられた。さらに細胞間で協調的に正確にリズムを刻むためには、個々の細胞における遺伝子発現のタイミングが重要であることが示唆された。





3.波及効果
 近年Notchシグナル関連因子だけではなく様々な転写因子、シグナル因子の発現がダイナミックに変動しており、その動き自体に情報が含まれているという可能性を示す報告が増えている。本研究では、遺伝子発現とそれによって生み出される細胞間相互作用の動態を生体において可視化するとともに、それらを改変することで細胞間コミュニケーションの動態の発生過程における重要性を明らかにした。今後、このような遺伝子発現のタイミングや相互作用にかかる時間といった観点から発生現象だけではなく様々な生命現象を司る制御機構が明らかになると考えられる。

4.今後の予定
 今回用いた数理モデルでは、細胞間相互作用にかかる時間を改変することで二つの異なる振動パターン(同位相・逆位相)を生み出すことが示された。実際の発生過程ではPSMにおいては同位相の振動、神経幹細胞では逆位相の振動が見られることから、それぞれの現象における相互作用にかかる時間を測定しモデルを検証するとともに、どのような機序でその違いが生み出されるのかを明らかにしたい。また今回作出した変異マウスでみられた表現型が生み出されるメカニズムを明らかにする予定である。

<用語解説>
 Notchシグナル:膜タンパクDelta1を発現する細胞とNotchを発現する細胞が直接接触することによってシグナルが伝わるシグナル伝達経路。様々な組織の発生過程において細胞の運命決定やパターン形成に重要であることが示されている。



文献情報

Extenal LinkOscillatory control of Delta-like1 in cell interactions regulates dynamic gene expression and tissue morphogenesis
Hiromi Shimojo1,2*, Akihiro Isomura1,3, Toshiyuki Ohtsuka1,4,5, Hiroshi Kori3,6, Hitoshi Miyachi1 and Ryoichiro Kageyama1,2,3,4,5*

*Corresponding authors

Genes & Development | Published Online 1 January 2016
doi: 10.1101/gad.270785.115

  1. Institute for Virus Research, Kyoto University, Shogoin-Kawahara, Sakyo-ku, Kyoto 606-8507, Japan
  2. World Premier International Research Initiative–Institute for Integrated Cell-Material Sciences (WPI-iCeMS), Kyoto University, Kyoto 606-8501, Japan
  3. Japan Science and Technology Agency, Core Research for Evolutional Science and Technology (CREST), Kawaguchi, Saitama 332-0012, Japan
  4. Kyoto University Graduate School of Medicine, Kyoto 606-8501, Japan
  5. Kyoto University Graduate School of Biostudies, Kyoto 606-8501, Japan
  6. Department of Information Sciences, Ochanomizu University, Tokyo 112-8610, Japan

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