材料科学の未来を切り拓く

衣類やメモ用紙、液晶ディスプレイなど、私たちの身のまわりのさまざまな製品は、なんらかの材料からつくられる。材料は一般的に、金属やセラミックスなどに代表される無機物と、プラスチックや繊維などの有機物に分けられる。有機材料は一般的に軽量で加工が容易だが、熱で変形するなど、耐熱性に問題がある。一方、無機材料は耐久性や耐熱性に優れるが、重い、脆いなどのデメリットがある。堀毛悟史准教授が挑むのは、有機・無機物質それぞれの良い点を併せ持つ新しい固体材料の開発。エネルギー問題や身のまわりのデバイスなどに革新をもたらす推進力となることが期待されている。

准教授

堀毛 悟史

Satoshi Horike

「このコースターはセラミックスでできています」。堀毛准教授が手に取ったのは、カリフォルニアで購入したというさわやかな柄のコースター。「無機物を焼き固めてつくるセラミックスは、1,000度以上の高熱にも耐える『固い』材料です。そのようなセラミックスの中に有機物をうまく入れ込むことで、セラミックスの持つ高い性能をより低い温度で実現したり、材料に柔らかさをプラスしたりできれば、加工が容易になって新しい可能性が生まれるかもしれない。いろいろな物質を合成し、それを探っています。これまでの考えにとらわれない新材料を生み出したい」。

ほりけ・さとし

1978年に大阪府に生まれる。京都大学大学院工学研究科 合成・生物化学専攻博士後期課程修了。工学博士。カリフォルニア大学バークレー校化学科博士研究員、京都大学大学院工学研究科 合成・生物化学専攻助教などをへて、2017年から現職。

アメリカで学んだハングリー精神

幼少期は父親の転勤で、アメリカのシカゴや中東のバーレーンなど、10回近く引っ越した。東京都で高校時代をすごし、京都大学工学部に進学。「数年ごとに各地を転々とする生活だったので、大学院卒業まで6年間をすごした京都は、腰を据えて暮らした初めての場所でした」。
修士課程を修了し、電機メーカーで研究員として1年働いた後、京都大学に戻って博士号を取得。その後、カリフォルニアに留学。「企業で出した研究成果は個人ではなく会社にスポットライトが当たることが多い。自分の名前が出る研究をしたい、と思って大学の研究者になることを選びました」。
留学したカリフォルニア大学バークレー校では、母国を遠く離れてやってきた様々な研究者たちのハングリー精神に大いに刺激された。「中東やアフリカ圏から来ている人の中には、どんなに優秀な人であっても母国に戻って一流の研究を続けることが難しい人もいた。母国を想いながらも、『アメリカで結果を出さねば』という彼らの強い意志に触発されるとともに、高い研究水準を有する日本のありがたさを改めて感じました」。国籍や言語、生まれ育った環境の異なるメンバーだが、サイエンスという土俵で、同じ目標を共有できた。留学時代に培った世界中の人の繋がりは大切な宝だ。「化学や材料の研究は粘り強く実験を続け、チームワークを大切にし、意外性を楽しむことが重要。自分の得意、不得意をできるだけ客観的に見つめることで、自分のやり方を模索してきました」。

材料科学の未来は学生たちのひらめきにあり

留学時代、カリフォルニア大学バークレー校化学科の前で

帰国後は、京都大学大学院工学研究科に助教として着任し、新しい電池材料やガラス材料の研究を推し進めた。「材料の合成は、いろいろ混ぜてみないと分からないことがとても多い。予想から離れた意外性を楽しむ、をモットーとして、学生をできるだけ自由に実験させ、発想を聞くことを心がけてきました」。
その手本は、学生時代に指導を受けた北川進教授(現 iCeMS拠点長)。当時修士1回生になりたての堀毛准教授が、固体磁気共鳴装置という何千万円もの高額な装置の前で北川教授から言われたのは、「この装置を自由に使っていいから、面白いことをやってみなさい」。それだけだったという。「そのときは、こんなに自由にやっていいんだ、と純粋に楽しんでいました。今思えばなかなかできない指導だと思います」。
既存のやり方にとらわれない学生の柔軟な思考が発見のきっかけになることも。「一見無駄に思える思いつきも否定せず、できるだけ研究に活かすのが私の役目。学生や若い研究員が『材料科学』という括りでゆるくつながったチーム運営をしながら、たくましい研究者や指導者に育ててゆきたい」。

自己満足で終わらない研究をiCeMSで

水分を使わずプロトンイオン(H+)を流す固体材料。より小型で安価な燃料電池自動車の実現に貢献できる

2017年1月からiCeMSに研究室をかまえ、リーダーとして新たな研究を開始した。iCeMSのリーダーの平均年齢は44歳と若い。「周りには近い年代の人たちがたくさんいて、みんな素晴らしい研究をしている。活気に溢れるiCeMSで、常に刺激を受けて自分の研究を自問しながら、走り続けたい」。
私たちの生活を豊かにできる材料科学。どんな研究分野にも基礎と応用の両面があり、両方のバランスが重要だ。「自分がやるべき材料研究はやはり新しいモノや考えを生み出すこと。それが何に使えるか、発見した時点で分からなくてもいい。例えば企業の優秀な研究者らに本当に面白いと思ってもらえるような成果を、チームで生み出していけるといいですね。共同で実用に向けて開発していく過程では、自分の研究が実際の社会とつながっている充実感を感じます」。

制作協力:京都通信社

※本記事は、アイセムスのニュースレター「Our World Your Future vol.4」に掲載されたものです。研究者の所属などは、掲載当時のものです。