周期表バンザイ!

科学の礎を築いた世紀の発見から150周年

ロシアの化学者、ドミトリ・メンデレーエフが元素の周期律を発見したのは1869年。今年で150年が経ちました。これを記念して国連総会とUNESCOは、2019年を「国際周期表年」として祝うことを宣言しました。日本でも記念サイトが立ち上がり、各地で記念イベントが開催されています。元素の類似性と周期性が規則正しく表現された周期表を、研究者はどのように活用しているのでしょうか。アイセムスの研究者たちの元素への〈想い〉や〈まなざし〉をさぐってみました。

周期表は、科学の基礎の基礎

深澤
元素を研究に活用するうえで、その性質や反応性を理解することはとてもだいじなこと。私の専門は有機合成化学ですが、ブレークスルーをもたらす新しい分子の創造には、一つひとつの〈元素の気持ち〉を理解することが不可欠です。元素を体系的に理解させてくれる周期表はいわば、サイエンスの基礎の基礎。150年が経ったいまでも、研究者が研究の方針を決めるときに、かたわらにはかならず周期表があるのです。

COLUMN

見たことのない元素の存在を予想したメンデレーエフ
たくさんの元素が規則正しく並ぶ周期表ですが、メンデレーエフが周期律を見出したときは未完成の状態でした。当時は、まだ見つかっていない元素がたくさんあり、それらを空欄にしたまま周期表を作成しました。メンデレーエフは酸素や窒素などの限られた元素の情報だけで、周期律を見出し、「まだ見つかっていない元素も原理的には周期表のルールにあてはまるのではないか」と予測したのです。最初は空白だらけの周期表でしたが、新たな元素が見つかるたびに改良され、現在のかたちになりました。

たった一つの表にさまざまな規則性が隠れている

原子の構造

原子の内部には陽子と中性子とで構成される原子核があり、陽子と同じ数の電子がそのまわりを飛び回っています。だいじなのは〈陽子の数〉。周期表の元素は、陽子の数(=原子番号=電子数)の順に並んでいます(例えば、水素は1個、ヘリウムは2個の陽子をもちます)。

族と周期

横の列を〈周期〉、縦の列を〈族〉と呼びます。同じ周期・族に位置する元素どうしは、性質が類似しています。また、同じ族にある元素どうしでも、周期が違えば性質は微妙に異なるのです。それぞれの元素の性質を各論的に知ることもだいじですが、この縦糸と横糸の関係性を俯瞰して勉強すると、周期表の奥深さがより理解できますよ。

深澤
周期表をとおして理解できる規則性・類似性はまだまだあります。その一部を紹介しましょう。いずれも、元素の特性を使いこなすうえでは、欠かせない視点です!

原子半径(原子の大きさ)

最外殻の電子が外側にあればあるほど、原子半径は大きくなります。また、原子核のなかの陽子数が多いほど(周期の右側にある元素ほど)、電子を引き付ける力が強く、原子半径が小さくなります。

電気陰性度(電子を引き付ける力の強さ)

電気陰性度が大きい原子は、結合している原子と共有している電子(共有電子対)を自分の側に引き寄せます。周期表の右上に位置するほど大きく、左下に位置するほど小さくなる傾向があります。
※18族の希ガスの元素は過不足なく電子が存在し、単独の原子で安定しているため、電気陰性度の定義がない。

原子価(ほかの原子と結合できる手の数)

結合に関与する箇所に、原子がもっている電子の数です。結合をつくったときの幾何構造は、元素どうしの性質により変化しますが、原子価は分子のかたちを決定づける要素です。また、一つの元素で複数の異なる原子価をとることができる元素は多く存在します。

周期表が研究のヒントに

深澤
私が大学院生時代からずっと研究しているのは、有機化合物に多様な典型元素(1、2族および12~18族に属する元素)を組み込んだ〈新しい〉物質。それらのデザイン、合成法の開発、性質の理解、そして機能性材料としての可能性の追求まで、多岐にわたる研究に取り組んできました。 学生時代に注目した元素はSi(ケイ素)。有機化合物で中心となるC(炭素)の代わりに、Siどうしの結合をもつ化合物の性質を理解するための基礎研究に取り組みました。そののちに大学で職を得て、新しく研究を立ち上げるさいに、P(リン)に注目しました。当時、Pの特性を生かして、優れた機能性有機材料にまでつながった研究は数えるほどでした。「Pの特性をみつめ直し、最大限に引き出すための適切な分子デザインができれば、スゴい材料ができるのではないか」と信じて、研究に取り組むことに。その結果、優れた性能をもつ蛍光色素や二光子吸収色素、さらには単一分子エレクトロニクスまで、じつにさまざまなユニークな機能性材料の開発に成功しました。 これらの研究を進める過程で、標的分子の合成にはずいぶん苦労しましたが、学生時代から続けたSiの研究で培った経験がとても役立ったのです。SiとPは同じ周期にある「おとなりさん」なので、反応性が似ている。こういうところにも、周期表は大いに役立ちました。

愛用の英国王立化学会の周期表エコバック。私生活でも周期表は身近な存在。

アイセムスの研究には欠かせない元素

深澤
アイセムスで取り組んでいる研究を紹介するさいに、欠かせない元素があります。〈材料科学分野〉の研究はCu(銅)、〈細胞生物学分野〉の研究はP(リン)です。それぞれの元素と研究とには物語があるのです。

金属イオン〉と〈有機分子のネットワーク構造をもつ結晶〉を合成する研究は、1959年にCu+(銅一価)から始まりました。多様な機能をもつ多孔性配位高分子(PCP/MOF)もCu+から生まれました。アイセムスの材料化学分野の研究において、中心を担う材料です。

原子番号
29
24
周期
2
原子量
63.546
価電子数
-
融点
1083.4度
沸点
2567度

多孔性配位高分子(PCP/MOF)

PCP/MOFは金属イオンと有機分子を組み合わせることでできる材料で、微細で均一な無数の孔が存在します。その孔の中に分子を貯蔵したり、放出させたり、複数の分子を分離することができます。PCPの孔に注目するきっかけとなったのが、銅が酸化した状態のCu+。Cu+は有機分子と結合すると3次元に展開し、銅と有機分子とが規則的につながる結晶をつくります。偶然にも、ハニカム構造の孔に注目したことが、のちの機能的なPCPの創出につながりました。現在では、基本骨格だけでも数万種以上あるといわれています。
(詳細は本誌6号を参照)

危険な一酸化炭素を混合ガスから分離できる!

鉄鋼業の製鉄の過程で、莫大な量の一酸化炭素(CO)が副生ガスとして発生します。人体に危害をもたらす分子のため、高価な触媒を用いて二酸化炭素(CO₂)へと変換され、大気中に放出されます。環境面を考えると、このプロセスは望ましくありません。PCPを用いれば、排ガスに含まれるCOを分離・精製し、化成品材料として転用することができます。COやCO₂排出の問題を解決するのみならず、これまで捨てていた排ガスを資源として再利用できるのです。

遺伝情報を司るDNAや細胞膜のリン脂質、生物のエネルギー通貨ATPに含まれるなど、生体内で重要な役割を果たす元素です。アイセムスでは化学物質を用いて、それらの仕組みの理解・制御をめざします。

原子番号
15
15
周期
3
原子量
30.97
価電子数
5
融点
(白リン)44.2度 (黒リン)610度
沸点
(白リン)280.5度

リン脂質スクランブル

私たちの体を構成する細胞は、その周囲をリン脂質を中心とした脂質二重膜で覆われています。リン脂質は脂質二重膜の外層と内層とで非対称的に分布していて、たとえば、内側にホスファチジルセリン(PS)、外側にホスファチジルコリン(PC)が存在していますが、時としてPSが細胞の外側へ出てくることがあります。この現象は、死んだ細胞が免疫細胞に貪食されるときに現れたり、血液凝固、細胞融合、がんの進行、脳の神経細胞や骨、筋肉の機能の制御など、さまざまな生命現象に関わったりすることがあきらかになっています。鈴木淳副拠点長らのグループは、これらの現象を説明する遺伝子の同定と機能の解析、さらには疾患との関連の解析をめざして研究を行っています。
(詳細は本誌4号を参照)

細胞膜の非対称性を生み出す

フリッパーゼとスクランブラーゼ
フリッパーゼはATPのエネルギーを消費してホスファチジルセリンを細胞膜の内側にとどめます。一方、スクランブラーゼはエネルギーを必要とせず、ホスファチジルセリンとホスファチジルコリンを双方向に輸送(スクランブル)します。

アイセムスの研究者と元素
わかりあえる元素と、そうでない元素と

深澤
新しい物質を合成するときに、あてずっぽうで元素を選ぶことはありません。その元素を組み込んだときに、どんな特性や役割をもちうるかを想定したうえで実験します。周期表をじっと見つめていると〈元素の気持ち〉が聞こえてくるのです。たとえば、「私は○○と手を繋ぎたい!」とか「もっと電子がほしい!」というつぶやきとか。(笑) アイセムスの研究者の頭のなかにも、「この元素のこういうところが好き!」とか、「なぜか相性がよくない」というイメージがそれぞれにあるようです。

ダニエル・パックウッド 講師

好きな元素:H(水素)
水素原子を多く含む材料は計算がしやすいと思います。
苦手な元素:I(ヨウ素)
原因はよくわかりませんが、ヨウ素の計算時はときどきトラブルが生じることがあります。研究時にヨウ素原子を含む物質を扱うのは、なるべく避けています。

長谷川光一 特定拠点講師

研究に貢献した元素:O(酸素)
酸素分子O₂は細胞培養に必須で、Oを含む水H₂Oや二酸化炭素CO₂も培養に欠かせません。
苦手な元素:Hg(水銀)
幼いころに温度計を割り、水銀を床にばらまいて遊んだときに、家族にすごく叱られたのが忘れられません。(笑) 私は熊本出身。水銀が水俣病の原因であると、幼いころに教わったことも影響しているかもしれません。

杉本邦久 特定准教授

研究に貢献した元素:S(硫黄)
これまでの研究の全てにおいて含まれているのがS。複数の同素体や価数をもつことで、物質の性質が変化する不思議な元素です。共結晶体の構築によって物質の性質を制御する研究で、大いに貢献してくれました。
苦手な元素:Zn(亜鉛)
経験的にZnを含む化合物の結晶性は悪く、構造解析が難しいことが多いので、苦手意識が……。

キャプション

植田和光 特定教授

好きな元素:K(カリウム)
動物では、生理学のスタープレイヤーであるNaの対抗馬として不可欠な働きを地道にこなし、植物ではNaではなくKがスタープレイヤーとして活躍しています。
苦手な元素:Na(ナトリウム)
目立ちすぎ! 動物にとって必須の元素ですが、野放しにすると高血圧をもたらすなど悪影響を及ぼします。

北川 進 拠点長

好きな元素:Cu(銅)
分子の出し入れが可能で、多孔性材料として機能するPCPの開発に大きく貢献した元素が銅です。酸化状態が+1価の銅は、無色で磁性もなく、自然界に安定して存在する+2価の銅に比べると、あまりおもしろみのない元素と言われていました。しかし、+1価の銅を使ったPCPの構造にヒントを得て、その骨格ではなく、無数の小さな孔に注目したことが、私の研究の大きな転換点となりました。

2019年11月発行 iCeMS Our World, Your Future vol.8 から転載
制作協力:京都通信社

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