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iCeMSフロントランナー

「若い人たちにはぜひ、『この指とまれ』の仕事に挑戦してほしい。だれも取り組んでいない分野をみずから開拓して、そこに人を集めるのです。その領域がどんどんと拡がってゆく楽しさを味わえるのは、パイオニアならではのよろこびです」。次世代の多孔性材料の開発で、材料科学のフロンティアを切り拓いた北川進拠点長。多孔性材料の研究はいまでは大きな期待と注目を集めているが、発表当時は異端扱いされたという。「こっちがおもしろそう」と、あえてだれも選ばない方向を選びとったその直感が大きな金脈を掘りあてた。

なにもないまっさらな「空間」に見出した可能性

拠点長

北川 進
Susumu Kitagawa

きたがわ・すすむ
1951年に京都市に生まれる。1979年に京都大学大学院工学研究科博士課程を修了。近畿大学理工学部助教授、東京都立大学理学部教授などをへて、1998年から京都大学大学院工学研究科教授。2007年に京都大学 物質-細胞統合システム拠点(iCeMS)副拠点長・教授、2013年に拠点長に。2017年に同大学院工学研究科を定年退職後は京都大学高等研究院・特別教授。おもな受賞等にトムソン・ロイター引用栄誉賞(2010年)、紫綬褒章(2011年)などがある。

 いまでこそ、多孔性材料に関する論文は年間に9,000本も発表されているが、その出発点は「もっともつまらないイオン」といわれていた銅1価だった。銅の原子が電荷をもった銅イオンには、銅1価とよばれる状態と、酸素が結合して変化した銅2価という状態の2つがある。銅2価は研究も活発であるが、銅1価は無色であるし、磁石としてつかえるような磁性もなく、研究者に見向きもされないイオンだった。

「つまらない」イオンの快進撃

 京都大学大学院で量子化学を学んだあと、近畿大学理学部の助手に。「ここで錯体化学に出会い、有機分子と金属イオンとが結合してできあがる配位高分子の研究をはじめました」。有機分子と金属イオンが並んだ配位高分子の構造に期待するのは、電気伝導性の材料としての価値。それが可能になれば、電線や電解触媒などに応用できる可能性がさらに拡がる。研究者たちがこぞってしのぎを削る分野の一つだった。
 北川拠点長が扱った金属イオンが銅1価。このイオンの特徴の一つは、立体構造が球状であること。2価銅イオンは有機分子と結合しても特定の方向にしか展開できないが、1価銅イオンは3次元に展開できる。また球状のため、固体構造を組み上げるうえでの歪が少なく結晶が生成しやすい。「銅1価と有機分子とを結合させると、銅と有機分子が規則的に連続してつながったきれいな結晶ができることに気づいたのです。これはなにかにつかえるはず、と研究をすすめたのですが、金属イオンと有機分子では電子構造が異なるため、電子を伝搬させる道筋ができにくいので、イオンを伝播させることは根本的にとてもむずかしいのです。なかなか思う結果が出ずに悶々としていました」。

暇の時間が引き寄せたひらめき

 転機は1989年。近畿大学から学生2人を連れて、当時、大型計算機に単結晶X線構造解析のためのプログラムを整備し、開放していた京都大学に出向いたときのこと。得られた配位高分子結晶のX線回折データを大型計算機に入力。データの再現をするために構造をモデル化してシミュレーションの計算が終わるのを2、3時間待っていた。「京都大学の所属ならば、自分の研究室に戻ってべつの作業をできますが、来訪者である私たちは行き場がなく、暇をもてあますしかない。途中までの計算結果をもとに学生たちと構造を予想していると、学生が『これ、孔が空いていますよ』と」。均等な大きさの穴が整然と並ぶ蜂の巣構造(ハニカム構造)を見て、はっと思いたったという。「錯体化学の研究者の多くは、配位高分子の骨格にばかり興味をもって、その隙間にはだれも注目していない。なにもない空間が、じつはおもしろいかもしれない」。視界が大きく変わった瞬間だった。

しかし、すぐに「多孔性材料」につながるアイデアが浮かんだわけではない。孔の中には合成につかった液体の分子が入っており、これを取り除くと、周りのフレームまで崩れてしまう。「はじめは、孔を利用することは考えていませんでした」。分子を取り除いても壊れないものができないだろうか、と試行錯誤をくり返すこと2年。多孔性配位高分子(PCP)がはじめて完成した。空っぽの微細な無数の孔は、気体を自由に取りこんだり、放出したりできるなど、孔を利用した応用範囲が拡大する画期的な発見だった。しかし、論文を発表した1997年当時の反応は、とても冷ややかだったという。「『有機物はやわらかいから、多孔性材料の骨格につかえるはずがない』というのが当時の常識。吸着実験のミスと考えられ、信じてもらえないどころか、嘘つきよばわりされることも……」。しばらくして、ほかの研究者からも同様の発表が頻発したことを契機に、「有機物を用いても頑丈な細孔構造を作れる」ということで、多孔性材料は一躍、競争の激しい分野になっていった。

教え子に伝える直感力の養い方

「もし、私が杓子定規な考えをもつ人間だったら、『孔が空いています』といわれても、『電気が流れないならだめだ』と突き放していたかもしれません。なにもない『空間』がおもしろい、そう感じて、その道に飛びついた直感こそたいせつだ」と、北川拠点長はいう。
その秘訣として、北川拠点長が教え子たちに語りつづけているのが「運鈍根」だ。「〈運〉は、チャンスは宝くじみたいにとつぜんにやってくるのではなくて、その人が知らず知らずのうちにその方向にすすんでいるから出会えるということ。細菌学者のパスツールのことばとしてひろまっている、『Chance favors the prepared mind(準備ができている心に運は来る)』にもつうじる考えです。一所懸命に勉強していると、チャンスに反応する下地ができてくるのです。〈鈍〉は、すぐに反応しないこと。頭のよい、〈鋭敏〉な人はさっと理解して、いちはやく前にすすむ。
けれど、新しい領域を生み出すチャンスがあるのは、疑問をもったらいったん立ちどまって、懐疑的にものごとをみつめるような〈愚鈍〉なタイプだと思います。〈根〉はそのまま、信じた道をあきらめずに歩みつづける根気です」。北川拠点長は教え子たちが教授になる節目のときに、このことばを書き込んだ信楽焼のフクロウ(知恵の象徴でもある)を手渡しているという。

生物ができないことを材料で可能にする

 2007年のiCeMS創立時に、副拠点長に就任。創立時から掲げる、2つの柱がある。「一つは、生物の仕組みや働きから学んだことを、材料で再現すること。もう一つは、人工的につくった物質で生物の機能をコントロールすることです。病気の治療など、医療分野への貢献が考えられます」。「生物ができないことを、材料をつかって実現したい」、それが北川拠点長のモチベーションの一つだ。たとえば、生物の生体膜は、濃度の濃い側から薄い側だけでなく、薄い側から濃い側へ物質を運ぶが、すべての物質を通すわけではない。「生命の仕組みはとてもうまくできているけれど、役割以外のことはできません。でも、人工的にデザインした材料をつかえば、それが叶うかもしれません」。
 開発から20年がすぎ、2017年に「成人」をむかえた多孔性配位高分子。「私たちの体はたった20種類のアミノ酸をつないだ多様なタンパク質からできています。それがどう集合するのかで、役割は多岐に拡がります。同様に配位高分子の集合の組み合わせの数は、さらに厖大です。コンピュータやAIで解析しても、すべては把握できないでしょう。だからこそ、王道から外れたところに鉱脈が眠っている可能性がある。まさに、『運鈍根』の〈鈍〉ですね。材料科学のおもしろさは私たちの足もとにたくさん埋まっているはずです」。

制作協力:京都通信社