細胞膜の調節に関わる新しいタンパク質
京都大学生命科学研究科 大学院生(鈴木グループ)
Niu Han
Niu Han
京都大学の大学院生である Niu Hanさんは、細胞膜のリン脂質のダイナミクスを研究しています。最近の研究で、彼女は2つの機能性タンパク質が複合体を形成し、新たな機能を発揮することを発見しました。この発見は、貧血やてんかんに関連するリン脂質スクランブリングの理論的な裏付けとなるものです。

今回の論文の中で、最も伝えたかったことを教えてください。

膜タンパク質は細胞にとって重要な役割を果たしており、例えば、イオンの通り道を作るイオンチャネル、物質を輸送するトランスポーター、信号を受け取る受容体などがあります。これらの機能は、細胞の働きや恒常性の維持に欠かせません。この研究では、2つの異なる膜タンパク質が複合体を形成することによって、これまでに知られていなかった新たな機能を獲得するという仕組みが明らかにされました。
まず、CRISPR-sgRNAライブラリースクリーニングと生化学的スクリーニングによって、機械刺激応答性陽イオンチャネルTmem63bがリン脂質スクランブリングを誘導する因子として同定されました。さらに、Tmem63bはチアミントランスポーターSlc19a2と複合体を形成することでスクランブリング活性を発揮することが分かりました。
Tmem63b遺伝子の変異は、神経変性疾患や血液疾患を引き起こすことが知られています。本研究により、Tmem63bの疾患変異体は恒常的なスクランブリング活性を示すことが分かりました。正常な細胞では脂質の非対称性が維持され、ホスファチジルセリン(PS)は細胞膜の内側に多く存在します。しかし、Tmem63bの疾患変異体を発現した細胞では、PSが細胞表面に露出されます。細胞表面に露出したPSは「eat-me」シグナルとして機能し、マクロファージによる貪食を誘導します。赤血球でTmem63bがPSを露出させ、赤血球の貪食が誘導されることが、Tmem63bの変異体が血液疾患を引き起こすメカニズムである可能性が考えられます。
この研究では、タンパク質の相互作用によって新しい働きが生まれるという新たなメカニズムを提唱しました。またこの知見は、貧血の新たな治療方法に繋がることも期待されています。
今回の研究で、一番嬉しかった、もしくは感動した瞬間を教えてください。
タンパク質の高次構造や活性を保ったまま分離できる電気泳動法であるBN-PAGEの結果で、ダイマー(二量体)のバンドを検出した瞬間を、今でも鮮明に覚えています。初めてその結果を見たとき、とてもはっきりと見えて、違いがあまりにも明白でした。気軽に行った実験で、特に期待もしていませんでしたが、その結果が私を心から驚かせ、研究を最後までやり遂げる意欲を与えてくれました。正直に言って、これはこの研究で最も印象的な瞬間でした。
今回の研究における最大のチャレンジ、困難は何でしたか?それをどうやって乗り越えましたか?
複数のことに追われていた時期、あまりに多くのことをこなす必要があり、どれもミスなくできる自信がありませんでした。その時はプレッシャーを感じ、自分に自信が持てなくなりました。しかし、受け身ではなく積極的な姿勢が必要だと気づき、それからはすべてを受け入れ、自分の限界を理解しようと努めました。一つのことに完璧を求めるよりも、不完全さを受け入れて多様なことに取り組む方が、自分には合っているように思います。そのほうが自己理解が深まり、挑戦に対して前向きな気持ちを培うことができると感じています。
今回の研究で学んだことは、あなたの研究人生、研究の方向性のターニングポイントになったと思いますか?もしそうならば、どの様に変わったのかを教えてください。
はい、この研究は将来の私の研究方向を導くものになるかもしれません。私にとって、人生や研究の両面で大きな刺激となるものでした。自分の能力に対する自信がついたのと同時に、これまでの努力が認められたと感じています。また、タンパク質が活性を得るさまざまな方法に対する新たな視点が開かれ、タンパク質の働きについての理解も深まりました。このメカニズムがダイナミックな細胞プロセスで普遍的に見られるのかどうか、非常に楽しみにしています。また、このメカニズムは人間の病気と関連している可能性が高いため、将来的にはこの研究が病気の治療に貢献できるのではないかと期待しています。
現在のあなたのポジション、仕事環境を教えてください。iCeMSでの研究を通して得た、知識や経験などはキャリア形成にどのような影響を与えましたか?
現在、京都大学で研究者として学んでいます。iCeMSは、たくさんのアカデミックレポートやイベント、活動を通して、学術交流に適した環境を提供してくれます。他の人の研究を聞いたり、自分の成果を共有したりできる良いプラットフォームがあります。このような充実した時間を過ごす中で、個人的にも成長しました。ポスターの改善や発表の仕方を学び、鈴木研究室とiCeMSが提供してくれた発表練習の機会に感謝しています。iCeMSでの時間は本当に忘れられないものです。
論文情報
論文タイトル:"Phospholipid scrambling induced by an ion channel/metabolite transporter complex."
著者:Niu Han, Masahiro Maruoka, Yuki Noguchi, Hidetaka Kosako, and Jun Suzuki.
発表:2024年8月