水中の微量な汚染物質の検知と除去を可能とする多孔性ソフトマテリアルの開発

博士研究員(古川グループ)

Zaoming Wang

Zaoming Wang

アイセムス古川グループに所属する博士研究員のZaoming Wangさんは、金属有機多面体(MOP)をベースにした加工可能な多孔性ソフトマテリアルの研究を行っています。今回、彼と共同研究者たちは、水中の微量の汚染物質を同時に検出し、除去することができる連続的な多孔性ネットワークを含む複合膜材料を開発することに成功しました。

今回の論文の中で、最も伝えたかったことを教えてください。

私たちが日常的に利用する水について、近年はその質が以前にも増して大きな懸念事項となっています。人間の活動の影響により、有害な化学物質が常在し、多くの新しい化合物が、低濃度ながら水中に汚染物質として見つかるようになりました。このことは環境に大きな脅威をもたらすだけでなく、人間の安全にも影響を及ぼす可能性があります。そのため、新たに現れる汚染物質を効果的に検出し、除去できる便利な方法や材料が、学術分野および産業分野の両方で求められています。特に、細孔構造が精密な微細孔材料は、汚染物質の分子サイズに合わせて孔径を調整できるため、選択的に汚染化学物質を除去するのに適しています。しかし、水質浄化のための理想的な微細孔材料の開発には多大な努力が払われているものの、加工性を持たせることや、水処理技術と組み合わせて使用しやすくすること、さらには低濃度でも選択的に汚染物質を除去するための設計可能な多孔性を維持することは依然として困難な課題です。

本研究では、環境水中の微量汚染物質を同時に検出・除去できる複合膜システムを開発しました。これは、加工可能なポリマーマトリックス内に、金属有機多面体(MOP)の連結した連続ネットワークをその場で構築することにより実現されています。MOPの内在的な隙間と、連結したMOP間に生じる外在的な細孔の両方が微調整可能であり、1 ppb以下のレベルでも水中の分子を選択的に吸着できます。さらに、膜状の構造をとっているため、分散した吸着剤と比べ、実際の水処理プロセスでの実装が楽になります。

今回の研究で、一番嬉しかった、もしくは感動した瞬間を教えてください。

この研究は、さまざまな分野の多くの研究者との共同で行われました。特に環境科学の Idaira Pacheco-Fernández博士(現・オランダグローニンゲン大学博士研究員 元・古川グループ)は、水処理における私たちの膜材料の価値を発見した最も重要なメンバーです。最初の話し合いは、私がこの膜システムの製造について発表したグループミーティングの後に行われました。当時、私の関心は、ポリマーマトリックス内に連続的な多孔ネットワークを形成することにあり、この独自の孔構造をどのように活用できるかは考えていませんでした。そのとき、Idairaさんが私に声をかけ、水から汚染物質を抽出するのに最適な候補になり得ると提案してくれたため、試してみることにしました。

最初の実験以降、私たちの膜は、安定性、汚染物質選択性、吸着容量の面で他の従来の膜システムを上回る結果を出しました。実験結果を目の当たりにしたときの興奮は言葉にできません。膜設計に関する理論的な予測や仮説が、水分析における新たな実験のたびに正しいことが証明されました。最終的には、私が膜の有用な応用を見出すことができ、Idairaも彼女が抱えていた水質センシングの課題を解決するための条件を満たす材料を見つけることができたため、お互いにメリットのある結果となりました。その後、私たちはこの研究に専念し、議論を重ね、知識とスキルを結集していきました。結果として、とても誇りに思える素晴らしい研究が完成したと思います。

今回の研究における最大のチャレンジ、困難は何でしたか?それをどうやって乗り越えましたか?

この研究を論文にまとめようとしたとき、最大の壁にぶつかりました。Idairaさんと私は、それぞれ異なる考え方を融合させる必要があったのです。当初は、新しい膜構造の構築に重点を置いた材料設計の視点から論文を執筆していました。私たちにとって、この膜のデザイン自体に研究の主な新規性があると考えていたからです。しかし、この考え方では、私たちが本当に伝えたい情報が誤解されやすくなったり、混乱を招くのではという懸念がでてきました。というのも、水処理実験の成果がなければ、膜構造の新規性は証明できないからです。そこで、材料設計とその応用を相互に関連付けて発表すべきだと気付きました。それから、何度も話し合い、意見を出し合い、書き直して、また議論し、書き直すという作業を繰り返しました。数え切れないほどのオンライン会議と、数多くの原稿のバージョンを一緒に書き上げたと思います。しかし、この過程を通して、お互いの考え方をより深く理解できました。最終的には、環境科学の視点から、材料科学と環境科学の両方のコミュニティに訴えるまったく新しいストーリーを提示することができました。私たちはこれにとても満足しています。

今回の研究で学んだことは、あなたの研究人生、研究の方向性のターニングポイントになったと思いますか?もしそうならば、どの様に変わったのかを教えてください。

これまで私は、構造が制御された多孔性ソフトマテリアルの開発に焦点を当てた研究をしていました。論文の査読の際には、これらの材料がどのように利用できるかをよく尋ねられました。今回の研究は、初めて材料の多孔構造に対する完全な理解と制御能力に基づいて実用的な応用を示すことができたものです。基礎研究の積み重ねは、開発された材料のさらなる応用に向けた道を示すうえで非常に重要であると信じています。実際、本研究は、材料の設計が応用の開発と共に進められたことを証明しています。今後は、構造と特性の関係に注目しながら、興味深い多孔性ソフトマテリアルの設計を続けていきたいと考えています。

現在のあなたのポジション、仕事環境を教えてください。iCeMSでの研究を通して得た、知識や経験などはキャリア形成にどのような影響を与えましたか?

私は現在もアイセムスの古川グループで博士研究員として研究を続けており、博士課程の学生時代から6年間研究に取り組んできました。ここで学ぶ機会をいただき、さまざまな国や研究分野の人々と出会い、話ができたことを大変感謝しています。彼らから、良い研究の進め方、科学的な思考法、そしてチームとして協力することを学びました。特に、先に述べたように、この研究は異分野の研究者との協力がなければ成し得なかったものです。研究においては、自分の研究に集中するだけでなく、他分野の人々と成果を共有することも重要です。新しいアイデアや研究テーマは、予想外の形で浮かび上がることがあり、私たち全員の知識とスキルを結集することで初めて達成できるものです。今回発表した論文のタイトルのように、私たちは材料の中の孔だけでなく、異なる背景を持つ人々のネットワークも築いています。この経験は、他者と話し、知識を共有し、協力することに対して常に前向きでいようとする私のモチベーションになっています。

論文情報

論文タイトル:"Pore-networked membrane using linked metal-organic polyhedra for trace-level pollutant removal and detection in environmental water"
著者:Zaoming Wang, Idaira Pacheco-Fernández, James E. Carpenter, Takuma Aoyama, Guoji Huang, Ali Pournaghshband Isfahani, Behnam Ghalei, Easan Sivaniah, Kenji Urayama, Yamil J. Colón, Shuhei Furukawa

Communications Materials | DOI: 10.1038/s43246-024-00607-z

発表:2024年8月