拠点長×若手研究者座談会
若手研究者と考える
ひらめきと異分野融合が生まれる場
日頃からアイセムスで研究に打ち込む若手研究者をお招きし、現場の視点から拠点の新ビジョンに共感・気になる部分について自由に語らいました。

「自己集合」というひとつのコンセプトで繋がる
── 今日はアイセムスの新しいビジョンについて、若手研究者の視点から上杉先生とお話いただこうと思ってこの場を設けました。
吉村
もちろん、アイセムスの新しい研究ビジョンにはすごく共感します。特に「生命と物質の境界にある細胞内自己集合体の理解」というところ。
学生時代はタンパク質と小分子の結合解析に長らく取り組んでいたのですが、これが本当に生物のモデルとして機能しているのかずっと疑問でした。タンパク質は細胞の中では一つだけで行動しておらず、ほかのなにかと共同して機能しているはずだと思っていて。
上杉 吉村さんは有機化学的な手法で生物を研究してきたけれど、「生物ってもっと複雑で、いろいろなものが集合しているのにこれでいいのかな」と思っていたと。ということは、アイセムスのビジョンにすごく合っていますね笑。
吉村 そうですね笑。学生時代は時間的な制約もあり、なんだかモヤモヤした状態で卒業したのですが、いまはアイセムスの一員としてよい環境で研究ができていると思います。スタンスは化学なので、生物の複合体を理解するためのツールや技術とかそういうものを創りたいですね。

上杉
自己集合体の研究は、材料分野では長い間取り組まれてきましたが、生物分野では比較的新しく、ここ10年でたくさんの人が研究するようになりました。例えばタンパクの自己集合体にしても、個々のタンパクだけでは生物現象を説明できない。集まりとして見ないとダメだと。材料の自己集合体研究と生物の自己集合体研究は、同じことをしているはずだけど、同じではない。個別に発展してきたわけですね。
アイセムスでは材料と生物の両方に取り組む人がいるので、研究を進めることでその二つの根本原理は同じじゃないか──ということを見出せたらと思っています。
金さんはどうですか?
金 私は化学分野の出身で、博士課程のときに取り組んでいたのが材料系の自己集合でした。色素分子が集まり自己集合になると新しい機能が出たり、メチル基一個つくだけで変わったり、どう集まるかによっても機能性が全く異なるのがすごく面白くて。
上杉 なるほど、材料系の研究や現象そのものを探究することに喜びを覚えたと。今のように生物的なアプローチからも自己集合について取り組むようになったのはなぜですか?
金
自分が化学分野研究したことが生命科学とか医療とかに寄与できたらいいなと思っていたのですが、そもそもどういうニーズがあるのか、どのような生命現象を扱えば自分の研究が役立つのかという知識がなかったのです。そんな折に、当時理化学研究所におられた谷口雄一さんの研究室で生物の勉強をするようになったことがきっかけですね。
現在、所属しているアイセムスの谷口グループでは、生命の複雑な挙動の理解を図り、医学の発展を目指しているのですが、細胞を小分子が集まる自己集合の究極体として考えています。これがどの時点から生命を持つようになり、遺伝子発現とか、どのような制御を分子同士がやっているのかというような裏のメカニズムについて探究しています。
上杉
僕も学生の頃は、合成小分子化合物や天然化合物の研究をしていました。その後、博士研究員としては、分光学と分子生物学的手法で遺伝子発現の研究に取り組みました。その後に独立した時は、これまでにやってきた手法を合わせて、化合物を使った生物学研究に挑戦し始めました。面白いなと思って研究してきたことを結びつけるのは、研究者が新しいことに挑戦するときの一つ方法かもしれません。
今は結びつかなくても、考え続ければいつかいいアイデアを思いつくはずなんです。僕はそうやって研究してきました。
拠点内の〈壁〉をなくす
──若手のお二人はアイセムスにきてみて、なにか新たな発見はありましたか?

吉村 学生のときは名古屋大学のITbM(トランスフォーマティブ生命分子研究所)にいました。アイセムスと同じくオープンラボがあるので、場所の使い方にも慣れていて、ラボの開放的な空間でコミュニケーションをするような環境には馴染みがあります。あと、すごくいいなと思ったのは、共同施設が多いところ。
金 そうそう、若手がアクセスできる研究機器が多いのが、海外の研究所みたい。使いやすいし、若手が活躍しやすい場が整っていると思います。上杉先生は新しく拠点長になって、こんな雰囲気にしたいというような構想はありますか?
上杉
新しくビジョンに掲げた中で一番大切にしているのは、「インターナル・コミュニケーションの最適化」という項目です。コロナ禍で拠点の外部とのコミュニケーションだけでなく、内部のコミュニケーションも失われたと感じます。落ち着いたこのタイミングで、以前の状態以上の内部コミュニケーションを達成したいんです。
インターナル・コミュニケーションがよくなれば、効率性が上がるし、コンプライアンスに対する意識も高まり、働いている人たちの満足度も上がる。よいことがたくさんあるわけです。例えば、「フライデイ・ビアバッシュ」や「ティータイム」が始まったので、研究仲間をどんどん増やしてください。
金 すごく楽しみにしています笑。
上杉 拠点長室も改装しましたよ。キッチンとダイニングを新たに設置したので、内部の研究者やセミナースピーカーと一緒に簡単な食事ができるようになりました。もともと壁だったところもブチ抜いて、誰でも気軽に入られるようにしてます。
吉村 上杉先生の中でインターナル・コミュニケーションを実践されているわけですね。
上杉 そうそう。心の壁もフィジカルな壁もないようにしたいんです。特に、アイセムスは研究室が入る建物が三つに分かれているでしょう。
吉村 たしかに自分が普段いる研究棟以外は、あまり行かないですね。普段は本館にいる人は、用がなければ研究棟にも行かないかもしれないし。
上杉 でも、ビアバッシュやティータイムがあればみんな一つの場所に集まる笑。ビルの間にある壁さえもなくしたい。このようにインターナル・コミュニケーションを最適化することで、「インクルーシブ」な環境をつくりたい。いろんな国籍の人がいても、分野の違う人たちがいても、その違いを認め合いリスペクトしながらコミュニケーションが活発に行われるような状態ですね。みんなが自己ベストを達成できる研究所でありたいのです
「なりたい自分」に近づける環境
─若手のお二人は、普段研究する中で「壁を感じない」場面などはありますか?
吉村 拠点内で共同研究に取り組んでいますが、研究者同士の距離が近くていいなと思っています。席の後ろに座っているラボの先生も共同研究者ですし、自分の研究テーマに近しい人も周りにいるので、ラボを越えて研究の面でも仕事の面でも気軽に聞ける環境です。

金 アイセムスには、いろいろな分野の専門家が集まっているのがいいですよね。一般的には化学なら化学、生物なら生物というふうに特化するけど、ここは違います。例えば、研究の中で「こんな分子をデザインしたら面白そうだな」と思っても、自分だけでは合成はできない。そんな時、近くにいる研究者に声をかければ助けていただけるし、実験室もすぐそばにある。したい研究が、実現しやすい場だと思います。
上杉 科学者のコミュニケーションには二つの効果があります。一つは、先ほど金さんが言った「技術の交換」。サイエンスはインターナショナルだし、インターディシプリナリーなものだけど、それぞれの科学者個人には国籍や専門分野がある。母国の異なる人たちと技術を交換したら、なんでもできるじゃないかという雰囲気になります。 もう一つは、「インスピレーションを受ける」こと。話をしているだけでアイデアが出てきそうな人っていますよね。そういう人にそれぞれの研究者がなろうと心掛けることも大事です。
吉村 周囲の研究者と共同研究をしていると、お互いのバックグラウンドや興味関心もわかってきます。「こんな論文あるけど、興味ある?」という感じで話し始めて、インスピレーションが湧いてくることがあります。
上杉 自分が考えもしなかったことを閃かせてくれる人の質とその数が揃えば、おもしろいことを思いつける。そんな研究所にしましょう。
金 上杉先生も、そういう方たちに囲まれながら研究されていたのですか?
上杉 そうですね、近くにいる研究者を観察して「あんなふうになりたいな」と心がけてきたから、ある程度そちらに近づくことができました。目的が、はっきりしていたのです。逆にいうと、明確な目的を設定しないで自然とゴールに近づくことはないです。人だけでなく、研究所に置き換えても同じことがいえます。みなさんが目的をはっきり理解できるような研究所にしたかった訳です。だから、ビジョンははっきりさせないと。
吉村 確かに、新しい研究ビジョンは「自己集合」というポイントに絞られているので、すごくわかりやすいですね。
上杉 細胞生物学と材料科学は、京都大学のフラッグシップとなる領域です。その二つの融合がこの研究所の特徴です。とはいえ、細胞生物学と化学が融合される方法なんていっぱいある。そこで、二つの共通言語として「自己集合」と掲げてはっきりさせました。
異分野融合が発展する時代へ
──最後に、拠点がこれから新しいビジョンに変わってゆく中で、研究者として今後どのような展望を抱いていますか?
吉村 アイセムスで研究を重ねることで、自分の基盤みたいなものを築き上げたいなと思っています。年齢の近い若いPIが周囲にいますので、若手でも活発に議論に加われますし、刺激を受けていろいろと吸収するところが多い。いずれは自分もPIにと思っていますが、アイセムスに在籍していることが次のステージに向かっていく基盤になっているように思います。
上杉 うんうん。そう思ってくれる人にもっと集まってほしいですね。 アイセムスにきて、一発当ててどこかで自分の研究所をやってやろうと笑。実際にアイセムスで成果を出して、国外の研究所へ旅立った人はたくさんいます。
金 アイセムス自体がインターナショナルな雰囲気があり、日本にいながら外国のような空気感があるので、ここで実績を積めばどの国でもできるという自信がつくでしょうね。 私自身は谷口グループで取り組んでいる研究がメインですが、周りの化学系の方々との共同研究も積極的に進めていきたいです。 いまは「iCeMS京都ジュニアフェロー」という準PIのような立場ですが、私もいつかは独立したPIとして新たにオリジナルな研究領域を始めたいなと思っています。
──上杉先生から、若手の研究者の方に望むことはありますか?

上杉
拠点としては、設立から15年以上が経ちましたが、この10年での大きな変化は生物分野の研究がとても進んだところ。生物を物質として捉えることができるようになり、現象を目で見て理解することもできるようになった。設立時は生物と化学の二つの考え方が違い、意思の疎通が難しい時代もあったことを考えると大きな進歩ですよね。二つの学問がわかり合ったことが今に繋がり、これからは融合する研究が発展する時代にきたのだと思います。
ですから、みなさんにはとにかく柔らかい頭を使った研究をしてほしい。自己集合が研究テーマであることが望ましいですが、もちろんそれ以外でもイマジネーションにあふれた研究を期待しています。