細胞膜脂質の分布を制御する新しい仕組みの発見
京都大学アイセムス(高等研究院 物質―細胞統合システム拠点:WPI-iCeMS)の鈴木淳教授、Han Niu大学院生、圓岡真宏特定講師、野口勇貴元研究員(現カリフォルニア大学バークレー校 研究員)、徳島大学の小迫英尊教授らの研究グループは、細胞膜脂質の分布を変化させる(スクランブルさせる)新しい仕組みを発見しました。この成果は、8月31日付のNature Communications誌で発表されました。
<概要>
細胞膜を構成する脂質は、細胞膜の外側と内側で非対称的に分布しており、膜の外側と内側で構成する脂質の種類が異なっています。例えば、膜の外側にはホスファチジルコリンが多く内側にはホスファチジルセリンが多く分布しています。しかしながら、細胞内外の環境変化が起こると、その変化に柔軟かつ速やかに適応するために、この非対称性は変化します。この脂質の非対称性分布を変化させる現象を脂質スクランブルといい、それを実行する膜タンパク質をスクランブラーゼとよびます。鈴木教授等のグループはこれまで、TMEM16ファミリーやXkrファミリーといった細胞膜スクランブラーゼを同定していましたが、これら2つのファミリー以外に脂質をスクランブルするタンパク質が細胞膜上で存在するかは不明でした。
本研究において鈴木教授の研究グループは、TMEM16ファミリーやXkrファミリーといった2つのファミリーがなくても、カルシウム刺激によって細胞膜で脂質がスクランブルすることを見出しました。そこでこの過程に関わる脂質スクランブラーゼを同定するために、CRISPR sgRNAライブラリーを用いたリバイバルスクリーニングを行い、イオンチャネルTMEM63B、ビタミンB1トランスポーターSLC19A2を同定しました。驚くことに、これら2つのタンパク質は複合体を形成しており、この複合体形成が脂質スクランブルを誘導するために必須なことも分かりました。さらに、発達性およびてんかん性脳症(Developmental and epileptic encephalopathy, DEE)の遺伝病では、TMEM63Bに変異が挿入されていることが知られていましたが、この変異体では、脂質スクランブル活性が恒常的に起こることが分かりました。これにより、DEEでは恒常的な脂質スクランブル活性により病気が引き起こされることが示唆されました。また、カルシウム刺激によって活性化されるカリウムチャネルであるKCNN4もリバイバルスクリーニングによって同定され、カリウムの細胞外への流出が、TMEM63B/SLC19A2の複合体を活性化するために重要なことも分かりました。
本研究により、異なる2つの膜タンパク質が複合体を形成することではじめて、単独のタンパク質が持つ機能とは異なる新しい機能発現(脂質スクランブル)が発揮されるということが示されました。TMEM63Bの変異体は機能獲得によってDEE、SLC19A2の変異は機能喪失により巨赤芽球性貧血(糖尿病と難聴を伴う)を誘発することより、TMEM63B/SLC19A2の機能を制御する薬剤を開発することで、病気を治療する薬剤が開発されることが期待されます。
詳しい研究成果について
書誌情報
論文タイトル:“Phospholipid scrambling induced by an ion channel/metabolite transporter complex”
著者:Han Niu, Masahiro Maruoka, Yuki Noguchi, Hidetaka Kosako, Jun Suzuki
Nature Communications15, 7566 | DOI: 10.1038/s41467-024-51939-w