研究

2025年9月3日

不要な細胞を“食べさせる”タンパク質を開発  がんや自己免疫疾患モデルで効果

開発されたタンパク質「クランチ」は、貪食細胞と不要な細胞を直接つなぎ、生きたまま残ってしまう不要細胞を貪食によって体内から除去するのを助ける(高宮ミンディ/京都大学アイセムス)

 京都大学アイセムス(高等研究院 物質―細胞統合システム拠点:WPI-iCeMS)の鈴木淳教授、大和勇輝元研究員らの研究グループは、がんや自己免疫疾患を起こす細胞など、体内における不要細胞を標的として貪食により除去する新しいタンパク質「クランチ」(Crunch, Connector for Removal of Unwanted Cell Habitat)を開発しました。この成果は、2025年9月3日午後6時(日本時間)にNature Biomedical Engineering誌に発表されました。

 体内では毎日100億個をこえる不要細胞が細胞死を起こし、その過程で”eat-me”シグナルを出すことで貪食細胞により食べられ、体内からきれいに除去されています。しかし、これらの不要細胞が加齢とともに細胞死を起こすことができなくなると、体内に蓄積し、がん、自己免疫疾患、臓器機能の破綻など様々な疾患を引き起こします。これまで、これらの不要細胞に対して細胞死を誘導するために、化学物質や抗体、細胞を用いた治療が行われ一定の成果をあげてきました。一方で、これらの不要細胞は簡単には細胞死を起こさないため、貪食により直接除去することができれば、より効果的な治療が可能になると考えられます。
 
 本研究で鈴木教授のグループは、不要細胞を認識して貪食を誘導する新しいタンパク質モダリティ「クランチ」を開発しました。クランチは、死んだ細胞表面に提示される“eat-me”シグナルであるホスファチジルセリンを認識するProtein Sのホスファチジルセリン認識配列を、標的細胞表面のタンパク質認識配列に入れ替えた合成タンパク質です。ホスファチジルセリンを認識する部位を抗体フラグメントのナノボディやsingle chain Fv (scFv)などで置換することで、標的とする細胞に結合し、貪食による細胞除去を誘導することができます。実際、マウスにクランチを投与することで、がん細胞や自己免疫疾患を誘発する免疫細胞の除去に成功しました。

 これらの結果から、クランチを用いることで、標的とする様々な種類の不要細胞を除去することが可能になると考えられます。研究グループは、将来的にヒト疾患でクランチを使用するために、今後必要な技術開発を行い、クランチを実用化することを目指しています。また、既に使用されている抗体やCAR-T、もしくは臨床試験でうまく行かなかったそれらの標的タンパク質認識部位をクランチに搭載することで、不要細胞除去の新しい治療戦略が提示されるという点においても本研究は重要な意味を持っています。現在、クランチの実用化に向けて、元楽天メディカル共同CEOの虎石貴氏と共同でバイオテックスタートアップ設立に向けて進めており、今後、疾患治療の新しいプラットフォームとして開発が進むことが期待されます。

詳しい研究成果について

不要な細胞を“食べさせる”タンパク質を開発  がんや自己免疫疾患モデルで効果

書誌情報

論文タイトル:“Phagocytic clearance of targeted cells with a synthetic ligand”
著者:Yuki Yamato, Jun Suzuki

Nature Biomedical Engineering | DOI: 10.1038/s41551-025-01483-9