精子の品質決定遺伝子の同定に向けたIn Vivo CRISPRスクリーニング法の樹立

カリフォルニア大学バークレー校 分子細胞生物学科 博士研究員
※本研究を行っていた当時は特定研究員(鈴木グループ)

野口 勇貴

YUKI NOGUCHI

現在、カリフォルニア大学バークレー校Lin He研究室で卵巣老化の研究をしている野口さんは、博士後期課程に鈴木淳グループにて、マウスの精巣内で精子の品質を決定する遺伝子を網羅的に解析する手法を確立しました。

今回の論文の中で、最も伝えたかったことを教えてください。

生物の特徴(表現型)は、細胞内での遺伝子発現とタンパク質機能が複雑に関わり合って生じます。こうした複雑な分子機構の解明は、私たちの体で起こる様々な生理現象や病気を理解する上でとても重要です。こうした目的のため、私たちの体内に存在するおよそ20,000個の遺伝子を網羅的に解析する手法、ゲノムワイドスクリーニング法が開発され、ガンの原因となる遺伝子など様々な遺伝子が同定されてきました。今では、ノーベル賞を受賞したCRISPR-Cas9システムを用いて、より簡便にかつ効率よくスクリーニングができるようになりました。しかし、従来の方法は主に培養細胞を用いて行われており、マウスの体内で行うことは難しい状況でした。細胞株での生化学反応と実際の体の臓器で生じる生化学反応は必ずしも同じではなく、臓器さらにはそれを構成する細胞種によって異なります。そのため、マウスの個体でスクリーニングが可能になれば、より生体内の生理現象に即した分子メカニズムの解明が可能となります。こうした背景から、私はCRISPR-sgRNAライブラリをマウス個体、とりわけマウスの精巣に応用する方法「in vivo ゲノムワイドスクリーニング法」を確立しました。それにより、精子形成に関与する遺伝子を探索し、精子の品質決定因子として「Rd3」を同定し、その機能を解明しました。

今回の研究で、一番嬉しかった、もしくは感動した瞬間を教えてください。

今回の研究で最も嬉しかった(エキサイトした)時はいまでもよく覚えています。それは、スクリーニング結果として得られるシークエンシングデータを解析している時でした。技術的にトリッキーなステップを一つ一つ克服し、2年がかりで完成させたスクリーニング系から得られる結果がどのようなものなのかワクワクする気持ちと、芳しい結果ではなかったらどうしようという不安な気持ちを抱きながらパソコンの前に向き合っていたことを思い出します。

今回の研究における最大のチャレンジ、困難は何でしたか?それをどうやって乗り越えましたか?

この研究で最大の難題は、精子の性質を正しく理解し、実験系に落とし込む点でした。本スクリーニング法は次の4つの重要なステップから構成されています。

1:CRISPR-sgRNAライブラリーをマウス精巣の精細菅に打ち込み、精子幹細胞において効率よく遺伝子のノックアウトを誘導する。
2:成熟した精子をフローサイトメトリーで解析し、機能不全を示す精子をソーティングする。
3:限られた数の精子からゲノムDNAを抽出し、組み込まれたsgRNAの配列を解析する。
4:解析したsgRNAから新たにライブラリーを作成し、1〜3を繰り返す。

これらのステップのうち、1〜3についてはほとんど先行研究がありませんでした。そこで、1番目のステップで、細いキャピラリーガラスにCRISPR-sgRNAを封入し、YouTubeなどを参考にしながら、仔マウスの精細菅にインジェクション(注入)する練習をしました。また、当時報告されていたセンダイウイルスベクターを用いて高い効率で精子幹細胞へライブラリーを導入する工夫も加えました。次に2番目のステップでは、精子をフローサイトメトリーで解析する方法論が完全には確立されていなかったため、精子の生化学反応のシグナルを感度よく検出することができる最適な温度やバッファー条件を丁寧に調べました。最後に3番目のステップでは、精子の数が非常に少ない状態であっても、高度に凝集した精子ゲノムに組み込まれたsgRNAをロスなく回収する技術を開発しました。書き始めればキリがないくらい様々なポイントを最適化しました。こうした実験系の最適化を行うことで精子の特質をより深く理解することができるようになり、とても良い経験になったと思います。

今回の研究で学んだことは、あなたの研究人生、研究の方向性のターニングポイントになったと思いますか?もしそうならば、どの様に変わったのかを教えてください。

この研究を通して、「実験系を1つ1つ丁寧に検討すること」の大切さ、そのプロセスの楽しさを実感しました。特に、精子ならではの特性をうまく活かして実験系を最適化する経験や姿勢は、精子に限らず、現在行っている卵巣老化の研究や計算機を用いた解析システムの構築にも大いに役立っています。さらに、この研究を通じて、生殖細胞の分子生物学に対する興味が深まり、現在は、Lin Heラボに所属し、引き続きこの分野での研究を続けるきっかけになっています。

現在のあなたのポジション、仕事環境を教えてください。iCeMSでの研究を通して得た、知識や経験などはキャリア形成にどのような影響を与えましたか?

現在は、カリフォルニア大学バークレー校Lin He研究室で博士研究員として研究を行なっています。アイセムスで特に印象に残っているのは、生物と化学の研究室が同じ建物、同じフロアに共存していたことです。多くの研究施設を見たわけではありませんが、アイセムスのこのような学際的な空気感が心地よく、日々インスピレーションをうけていました。今となっては、もっと他分野の研究者とコミュニケーションをとっておけばよかったなと少し後悔しています。また、動物施設を含む共通施設も非常に整っていて、効率よく研究を進めることができました。特に動物施設の方々のサポートがなければこの研究はできなかったと思っています。ありがとうございます!

最後に、iCeMSで現在も研究を行っている若手研究者(ポスドク、学生)にメッセージをお願いします

アイセムスで研究した5年間、特に毎日のように窓から眺めた百万遍の景色は僕にとってとても良い思い出です。皆さんも充実した研究ライフをアイセムスで過ごせるよう願っています。

論文情報

In vivo CRISPR screening directly targeting testicular cells

Yuki Noguchi, Yasuhito Onodera, Tatsuo Miyamoto, Masahiro Maruoka, Hidetaka Kosako, Jun Suzuki

Cell Genomics

Published: March 2024

DOI: 10.1016/j.xgen.2024.100510