ファンデルワールス力を利用した新たな多孔性材料の開発
マックスプランク固体研究所(MPI-FKF) 博士後期課程学生
※本研究を行っていた当時は修士課程学生(古川グループ)
徳田 駿
Shun Tokuda
徳田駿さんは、修士課程学生であった当時、かご状金属錯体多面体(MOP)分子を原料とした新たな多孔性材料の開発に取り組んでいました。今回、徳田さんと研究グループはこのMOP分子間に働く強い分子間力に注目し、ファンデルワールス力を用いた新たなタイプの多孔性材料の開発に成功しました。
今回の論文の中で、最も伝えたかったことを教えてください。
近年、多孔性配位高分子(PCP/MOF)や共有結合性有機構造体(COF)に代表される新たな多孔性材料の開発が急速に進んでいます。これらの材料は有機分子や金属イオンといった分子性の原料を網目状に連結させることで合成され、そのナノサイズの網目構造を利用した幅広い工業応用が期待されています。特に重要なのがここで用いる化学結合の選択であり、配位結合や共有結合のような強力な化学結合を用いて原料となる分子を繋げることが、これらの多孔性材料を合成する上での常識とされてきました。
本研究の肝は、これまで見落とされてきた分子間に働く弱い引力「ファンデルワールス力」の特性を見出し、適切な分子設計によってファンデルワールス力が多孔性材料の合成に活用できることを明らかにした点にあります。確かに、小さな分子同士に働くファンデルワールス力は一般的な共有結合に比べて非常に弱く、そのままでは分子同士を強く連結させることはできません。しかしながらファンデルワールス力は分子間の接触面積に応じて強力になる性質があり、例えばヤモリはこれを利用することで垂直な壁や天井を歩いています。そこで私たちはこの原理を金属錯体多面体(MOP)と呼ばれる比較的大きな分子の設計に応用し、強力なファンデルワールス力を用いてMOP分子を網目状に連結させ、新たな多孔性材料「多孔性ファンデルワールスフレームワーク(WaaF)」の開発に挑戦しました。実際に得られたWaaFは従来の材料と同等以上の優れた多孔性と安定性を示し、さらに材料が劣化した場合には溶解・再結晶によるリサイクルが可能であることが明らかになりました。本研究の成果は、多孔性材料の合成には配位結合や共有結合のような強い結合を使うという従来の常識を裏切るものであり、またこれまで困難であったファンデルワールス力の制御方法を提案するものです。今後はMOPやWaaFに限らない、様々な機能性材料の開発がこの方法論に基づいて展開されることが期待されます。
今回の研究で、一番嬉しかった、もしくは感動した瞬間を教えてください。
研究の前半では100種類近くの固体材料を合成して比較検討をしていたのですが、その中で突然、理解不能な振る舞いを示す試料が見つかった瞬間はとても興奮しました。当時合成していたその他の試料と比べて驚くほど安定で、また測定装置に入れる前後で可逆的に色が変わるなど、その試料が特殊な材料であることは直感的にすぐ分かりました。この時発見した材料こそが、本研究で報告しているWaaF-1です。
今回の研究における最大のチャレンジ、困難は何でしたか?それをどうやって乗り越えましたか?
実験結果を論文にまとめる段階で、研究の意義を明確にするのにかなり苦戦しました。ファンデルワールス力はありふれた相互作用ですし(そこが本研究の肝ですが)、MOP分子も過去に報告されていたものを改良しただけで、「自分は何を発見したのか」を見失うこともありました。古川先生とのディスカッションをもとに丁寧に論理を積み上げることで、最後は十分納得のいく論文に仕上げることができました。
今回の研究で学んだことは、あなたの研究人生、研究の方向性のターニングポイントになったと思いますか?もしそうならば、どの様に変わったのかを教えてください。
私の最初の筆頭著者論文ということもあり、論文執筆の奥深さは本研究を通して学びました。どんなにありふれた(ように見える)実験結果でも、論文内でどのように議論するかによって見え方が大きく変わることが身をもって理解できました。今後はより多角的な視点で自身の研究を見つめて、本当に面白い研究を続けられたらと思います。
現在のあなたのポジション、仕事環境を教えてください。iCeMSでの研究を通して得た、知識や経験などはキャリア形成にどのような影響を与えましたか?
現在はドイツのマックスプランク固体研究所(MPI-FKF)で博士課程学生をしています。元々アイセムスの国際的で多様性に富んだ研究環境を気に入っていたということもあり、思い切って日本国外で博士課程をすることに決めました。困難も多いですが、文化的な背景を共有しない人たちと共に仕事をするのは、毎日が刺激的で非常に充実しています。
最後に、iCeMSで現在も研究を行っている若手研究者(ポスドク、学生)にメッセージをお願いします。
現在私が所属する研究所も世界的に見てかなり恵まれているとされていますが、それと比べてもアイセムスの研究環境はとても充実しているように思います。アイセムスには人や実験装置を含めてチャンス多く眠っているので、物怖じせず様々なことに挑戦してほしいと思います。
論文情報
論文タイトル:“Three-dimensional van der Waals open frameworks”
著者:Shun Tokuda and Shuhei Furukawa
発表:2025年3月