細胞骨格様の性質を示す2成分蛋白質チューブの創生
特定研究員(古川グループ鈴木チーム)
野地 真広
Masahiro Noji
古川グループ鈴木チームに所属する特定研究員の野地真広さんは、蛋白質高次集合体の形成を目指した蛋白質デザインの研究に取り組んでいます。今回、彼はデザインした2種類の人工蛋白質を組み合わせることで、細胞骨格のように柔軟でダイナミックな性質を示すチューブ構造を創り出すことに成功しました。
今回の論文の中で、最も伝えたかったことを教えてください。
蛋白質は一般に、多数のアミノ酸が数珠のようにつながったポリペプチド鎖が自発的に折りたたまれて固有の立体構造をとることで形成され、生命現象を支える様々な機能を発揮します。アミノ酸配列レベルでの人為的な改変、あるいは全く新規のアミノ酸配列の生成により、望みの構造・機能をもった蛋白質の創生を目指すのが「蛋白質デザイン」という研究分野です。2024年のノーベル化学賞で注目されたように、近年では計算機科学を駆使したcomputationalな蛋白質デザイン手法が飛躍的に発展しており、蛋白質1分子のデザインに留まらず蛋白質高次集合体のデザインにも威力を発揮しています。しかしながら、蛋白質高次集合体のデザインにおいて、計算的手法が得意とするのは比較的硬く静的な構造であり、生体内に存在するような柔軟で動的な高次構造の創生は挑戦的な課題でした。今回の論文で、我々はデザインした2種類の蛋白質を組み合わせることで、細胞骨格のような柔軟で動的な性質を示す秩序的なチューブ構造の創生に成功したことを報告しています。蛋白質のみからなる複数成分の人工チューブ構造の創生は、我々の知る限り初めて達成された成果です。また、我々のデザインのベースにあるのは、天然に存在する蛋白質の性質を最大限に活かすという「直感的デザイン」の手法であり、これにより計算的手法によるデザインとは一線を画す性質の高次集合体の創生に至ったと考えています。
今回の研究で、一番嬉しかった、もしくは感動した瞬間を教えてください。
間違いなく最初にチューブ構造を電子顕微鏡で観察した瞬間です。実は今回の研究を開始してからしばらくは全く高次集合体の形成ができず、精神的にキツい時期もありました。そのような中で蛋白質のデザインにほんの少し手を加えたところ、突然、チューブを形成したため大変感動したのを鮮明に覚えています。許されるならば結果を誰にも話さず、ずっと自分だけの喜びにしていたいとすら思えました(今でもそう思っています)。ただその直後、当時人間・環境学研究科にいらっしゃった鈴木雄太先生のチーム(現:アイセムス古川グループ鈴木チーム)に所属していた研究生のNさんが電験室にやって来たため、私の野望は一瞬で潰えました。
今回の研究における最大のチャレンジ、困難は何でしたか?それをどうやって乗り越えましたか?
上で述べたように、最初にチューブ形成に成功するまでが一筋縄ではいかなかったため、最大のチャレンジだったように思います。当初のデザインに手を加えたことで乗り越えることができました。後から分かったことですが、チューブ形成の溶液条件などは最初に最適条件を引き当てており、その意味では運の良さに救われたところも非常に大きいです。また、今回の研究では論文の共著者である医生物学研究所(医生研)の杉田征彦先生のご助力のもと、クライオ電子顕微鏡を用いたチューブの構造解析にも取り組みました。サンプルの性質上、クライオ電験画像からのチューブ構造の抽出が自動化できず、医生研のパソコンを遠隔で操作してひたすら手作業で抽出を行いました。単純作業なので困難ではなかったのですが、とにかく画像数・チューブ数が膨大だったため大変な仕事でした。最終的にこれを3サンプル分行いました。これについては鈴木先生と手分けしたこと、OasisやU2をはじめとした好きな洋楽を聞きながら頑張ったこと、そして普通のマウスを使っていたら腱鞘炎になっていたであろうところをトラックボールマウスに救われました。
今回の研究で学んだことは、あなたの研究人生、研究の方向性のターニングポイントになったと思いますか?もしそうならば、どの様に変わったのかを教えてください。
そもそも私は学生時代には蛋白質のアミロイド線維形成についての研究に取り組んでおり、鈴木先生のもとでポスドクとなってから蛋白質デザインの世界に入りました。ですので今回の研究は私にとって初めての蛋白質デザインの研究であり、この分野への興味を深めたという意味でも研究の方向性のターニングポイントになったことは間違いありません。また、今回の研究を行う中で、鈴木先生が得意とする直感的デザインの手法を学ぶとともに、個人的な興味から計算的な手法もかじるようになりました。両者とも非常に面白く、今後の自身の研究に役立てていきたいと考えています。少し質問から逸れるかもしれませんが、今回の研究を通じて様々な方々と出会えたことも、私にとって貴重な糧となっています。
現在のあなたのポジション、仕事環境を教えてください。iCeMSでの研究を通して得た、知識や経験などはキャリア形成にどのような影響を与えましたか?
私は現在も論文発表時と同じく、アイセムス古川グループ鈴木チームで特定研究員として働いています。実際に従事している研究室が少し離れた場所にあるため、アイセムスの活動に参加できないことも多いですが、今回のインタビューという貴重な機会をいただけたことには深く感謝しております。論文出版時には迅速にプレスリリースもしていただいており、アイセムスの研究者に対するサポート体制が整っていることを感じました。鈴木チームは白眉プロジェクト当時より、基本的には鈴木先生と私の二人体制で研究に取り組んでいます。人手が足りなくて苦労することもしばしばですが、機器や共同研究体制は充実していると思います。また、鈴木先生の流儀ではないにもかかわらず、私がスキを見ては計算的手法の勉強や実践を行えているのは、自由で寛容な仕事環境のおかげです。それと秘書さんにはいつも大変お世話になっており、我々の研究活動を力強く支えていただいています。この場をお借りして感謝申し上げます。
論文情報
論文タイトル:“Protein design of two-component tubular assemblies similar to cytoskeletons”
著者:Masahiro Noji, Yukihiko Sugita, Yosuke Yamazaki, Makito Miyazaki, and Yuta Suzuki
発表:2025年7月