特定研究員 (杉村グループ)

井川 敬介

Keisuke Ikawa

 卵から成体へ生き物が形づくられる過程を個体発生と言います。この過程では、組織が時空間的に変形を繰り返し、正しい形を獲得します。iCeMS杉村グループに所属する井川敬介さんは、この個体発生における組織変形の研究をしています。今回、井川さんと杉村准教授は、組織変形過程における新しい力感知・力抵抗メカニズムを発見しました。

今回の論文の中で、最も伝えたかったことを教えてください。

 卵から成体へ生き物が形づくられる過程を個体発生と言い、その個体発生過程では、組織が時空間的に精密に制御された変形を繰り返します。このとき、一つ一つの細胞に注目すると、細胞がお互いの位置関係を変える「細胞配置換え」が起きています。最近の研究から、ショウジョウバエ翅(はね)上皮などで組織引張り応力が細胞配置換えの方向を決めることがわかってきました。しかし、細胞が組織から受ける組織スケールの力の強さや方向性を感知する仕組み(力感知)や細胞が組織引張り応力に壊されることなく配置を変える仕組み(力抵抗)は謎のままでした。

 私たちは、細胞骨格を構成するアクチンに結合するタンパク質であるAIP1(Actin interacting protein 1)とコフィリンが翅上皮の細胞配置換えにおける力感知と力抵抗を担うことを発見しました。AIP1はコフィリンを介して組織引張り応力を感知して、特定方向の細胞接着面に局在します。さらに、AIP1とコフィリンはアクチン細胞骨格や細胞間接着の再編成を調節して、組織引張り応力と直交する向きの細胞間接着面に機械的な負荷に対する強度を与え、その結果、細胞が正しい向きに並びかえられることが明らかになりました。

今回の研究で、一番嬉しかった、もしくは感動した瞬間を教えてください。

 力感知と力抵抗の分子メカニズムを証明する結果が全て出揃ったときです。というのは、研究の過程のデータを感情を持って見てしまうと、データの解釈を誤る可能性があるので、なるべくフラットな気持ちでデータを見るように心がけていました。なので、研究の最終段階、全てのデータが出揃った時にようやく“やった!”と感じることができました。

今回の研究における最大のチャレンジ、困難は何でしたか?それをどうやって乗り越えましたか?

 機械的な力という眼に見えない量が、細胞内でどのような情報に変換され、細胞配置換えを駆動するのか?という問いに挑んだことが最大のチャレンジだったと思います。機械的な力が組織や細胞に与える影響を生物学的に検証しようとすると、力のかかった状態と力のかかっていない状態を詳細に比較、解析する必要があります。これは既存の生物学では難しい実験で、培養細胞レベルでは実験系が確立されつつあるものの、組織レベルではほとんど存在していません。

 私たちが実験対象として用いたショウジョウバエ蛹期の翅上皮は、杉村准教授の先行研究などから、外科的な手法によって力のかかっていない状態を造り出すことが可能であることが示されています。よって、この実験対象を選択したことで、機械的な力によって引き起こされる生物学的な現象を詳細に解析できたと思います。

今回の研究で学んだことは、あなたの研究人生、研究の方向性のターニングポイントになったと思いますか?もしそうならば、どの様に変わったのかを教えてください。

 ターニングポイントになったと思います。私は、大学院生時代、主に培養細胞を扱った研究を行っていました。博士研究員としてiCeMSの杉村研究室に所属してから研究テーマを大きく変えて、個体や組織を対象とした現在の研究をはじめました。そのため、私はショウジョウバエの実験方法や画像解析手法、定量手法など多くのことを新たに1から勉強する必要がありました。とても大変でしたが、色々な方々にサポートを頂けたこともあり、新たな分野で一つ論文を残すことが出来たと思います。この新たな分野の知識や人脈は、私の研究に新しい視野と方向性を与えてくれると考えています。

現在のあなたのポジション、仕事環境を教えてください。iCeMSでの研究を通して得た、知識や経験などはキャリア形成にどのような影響を与えましたか?

 現在も引き続き杉村研究室で研究員をしています。ですから、キャリア形成にどのような影響を与えたかについてはまだ答えることができません。ただ、この研究を通して、困難な状況を楽しむことの大切さを学びました。この先も、どんな状況に陥ろうとも、第一に研究を楽しむことを忘れず、一つ一つデータを積み重ねられるよう、日々努力していきたいと思います。

※研究者の所属などは、取材当時のものです。

論文情報

AIP1 and cofilin ensure a resistance to tissue tension and promote directional cell rearrangement

Keisuke Ikawa and Kaoru Sugimura

Nature Communications

Published: September 2018

DOI: 10.1038/s41467-018-05605-7