細胞膜コレステロール濃度を保つ新たなメカニズム

特定研究員(植田グループ)

小笠原 史彦

Fumihiko Ogasawara

 コレステロールはヒトの細胞にとって重要な脂質です。細胞内外を隔てる細胞膜に多く含まれ、細胞を守り、正しく機能させるために必要です。今回、小笠原史彦さんと植田和光教授は、コレステロールを輸送する二つのタンパク質が細胞膜のコレステロール濃度を適切に保つ仕組みを明らかにしました。

今回の論文の中で、最も伝えたかったこと(達成できたこと、インパクト、ユニークな点など)を教えてください。

 細胞膜は細胞内外を隔てる膜で、コレステロールを多く含みます。コレステロールは細胞膜で水やイオンが透過するのを防いだり、細胞内シグナル伝達の足場として機能したりと、重要な役割を果たします。細胞膜にはコレステロールが高濃度に存在しますが、その濃度を感知するセンサー(SCAP/SREBP)はコレステロール濃度が低い小胞体(ER)膜上にあり、どのように細胞膜コレステロール濃度の変化を感知しているかは長らく謎でした。
 今回の研究では、コレステロールを輸送する二つのタンパク質、ABCA1とAster-Aが協調的にはたらき、細胞のコレステロール恒常性を維持していることを明らかにしました。細胞膜は二層のリン脂質の膜(脂質二重層)からできていますが、ABCA1は細胞膜の内側の層から外側の層へコレステロールを運ぶことで内層のコレステロール濃度を低く維持しており、内層に余ったコレステロールをERへ運ぶことによって、SCAP/SREBPが細胞膜コレステロール濃度の変化を感知していることがわかりました。

今回の研究で、一番嬉しかった、もしくは感動した瞬間を教えてください。

 最初にABCA1とAster-Aの協調的な動きを顕微鏡で観察できたときです。今回の研究は、学会でAster-Aの機能を初めて明らかにした発表を聞いたことが発端でした。当時執筆していたABCA1に関する論文の内容と合わせて考え、その場で植田教授とディスカッションしました。その後2ヶ月ほどで最初の結果が得られましたが、当時はまだAster-Aの論文が出版されて間もなくであり、生きた情報を活かして自分の想像を形にできたことを実感し、うれしかったことを覚えています。

今回の研究における最大のチャレンジ、困難は何でしたか?それをどうやって乗り越えましたか?

 細胞内のコレステロールの動きを証明することに最も苦労しました。コレステロールは標識することが難しい脂質で、標識の方法によって見える結果が異なってしまい、その分布や動きについては今も議論されています。私たちは複数の手法でコレステロールを可視化し、薬剤を用いてABCA1の活性のオンオフを迅速に切り替えるなど、できる限る狙った現象のみを引き起こすようにしました。丁寧かつ誠実に実験条件を設定していったことが今回の論文につながったと思います。

今回の研究で学んだことは、あなたの研究人生、研究の方向性のターニングポイントになったと思いますか?もしそうならば、どの様に変わったのかを教えてください。

ABCA1が細胞膜の二重層間で非対称的なコレステロール分布をつくるという説は、長いコレステロール研究の歴史の中ではまだ新しく、懐疑的な声が多くあります。教科書に載っているような「常識」を覆すためには粘り強い研究が必要で、新しい発見をすることとは異なる難しさがあることを学びました。今後も先入観にとらわれないことを常に意識して研究していきたいと考えています。

現在のあなたのポジション、仕事環境を教えてください。iCeMSでの研究を通して得た、知識や経験などはキャリア形成にどのような影響を与えましたか?

私は現在も引き続き植田グループの特定研究員として研究をしています。iCeMSでは最先端の機器が導入されており、サポートも充実しています。今回の研究でも超解像顕微鏡を使用させていただき、きれいなデータを得ることができました。このような恵まれた研究環境での経験を活かし、今後のキャリアに繋げたいと思います。

論文情報

ABCA1 and cholesterol transfer protein Aster-A promote an asymmetric cholesterol distribution in the plasma membrane

Fumihiko Ogasawara and Kazumitsu Ueda

Journal of Biological Chemistry

Published: December 2022

DOI: 10.1016/j.jbc.2022.102702