実はやわらかかった初代PCP

特定講師(北川グループ)

坂本 裕俊

Hirotoshi Sakamoto

現在、世界中で注目されている新しい多孔性材料である多孔性配位高分子(PCP:ポーラス・コーディネーション・ポリマー)。その誕生は1997年に初めてガス吸着が実証された報告に遡ります。坂本裕俊さんは、この世界初のPCPのガス吸着が、局所構造の「柔らかさ」によって進行することを明らかにしました。これは、PCP研究のこれまでの歴史観を覆す発見となりました。

今回の論文の中で、最も伝えたかったこと(達成できたこと、インパクト、ユニークな点など)を教えてください。

 「最初のガス吸着PCP」が「最初のソフトPCP」でもあったことです。今回の論文で扱った「最初のガス吸着PCP」は、共著者の北川進教授が1997年に発表したものです。当時は「ガスを吸着する多孔体は、その骨格が剛直である」という考えが一般的でした。そのため、私たちもずっとこのPCPの骨格が剛直だと思い込んでいました。ですが、骨格が剛直であるならば、ガス分子が自身よりも狭い通り道をどうやって通り抜けていくのか、という点が謎のままでした。そこで、今回の研究は、まず「この剛直な骨格のPCPに対するガス吸着を、最新の技術を使って確認してみよう」というシンプルな考えで始めました。すると、研究を進めるうちに、剛直な構造では説明できないデータが次々と得られてきました。結果として、このPCPは剛直ではなく、「ソフトである」と考えるほかないことがわかりました。

 面白いのは、「ソフトPCP」という概念が、1997年当時には存在していなかったことです。この概念は北川教授が1998年に初めて提唱し、その登場を予見したものでした。当時、「ガス吸着=硬い骨格」という考え方が根強かったことを考えると、いかに常識破りで、画期的なアイデアであったかがうかがえます。そして、わずか数年後には、柔軟な骨格を持つPCPが実際に合成され、その優れた特性が確認されました。今回の研究に話を戻すと、存在が予言される前の1997年の時点で、私たちはすでに「ソフトPCP」を手にしていたということになります。

今回の研究で、一番嬉しかった、もしくは感動した瞬間を教えてください。

 高圧のCO2をPCPに導入した状態でX線回折測定と構造解析を行い、PCPの細孔が想定より広がった結晶構造が確認できた瞬間です。

 研究を進めていくうちに、吸着等温線での吸着量が「硬い骨格構造」から想定される量と一致しないという問題に直面していましたが、CO2をPCPに無理やり詰め込む条件で結晶構造解析を行うことで解決しました。解析の結果、PCP内部の空間が広がり、想定よりも多くのCO2分子を取り込んでいることがわかりました。そして、吸着等温線の挙動が、この新しい結晶構造から計算したCO2の吸着量とぴったり一致したときには、PCP誕生以来の長年の謎がようやく解けたと確信しました。

 これは、研究を開始した当初は予想していなかった結果であり、今回用いたPCPがソフトであることを決定的に証明するものとなりました。

今回の研究における最大のチャレンジ、困難は何でしたか?それをどうやって乗り越えましたか?

 今回のPCPが空気中の水分に触れると、即座にガスを吸着しない別の結晶構造に変化してしまうことに苦しめられました。当初、この現象が起きていることに気付かず、ガス吸着量が試料ごとに毎回異なり、確定的なデータを得ることが出来ませんでした。実は、私は修士課程の学生時代にも北川研究室でこのPCPを用いた研究を行っていたのですが、この問題に直面し、前に進むことができなかったという悔しい経験をしています。今回は、変化後の結晶構造を特定し、その原因を突き止めることができました。さらに、元のPCPに再生する方法も見つけました。合成または再生したPCPを外気に極力触れさせずに、洗浄、乾燥、吸着測定といった一連の操作を行うことで、安定したデータを得られるようになったときには胸を撫で下ろしました。

今回の研究で学んだことは、あなたの研究人生、研究の方向性のターニングポイントになったと思いますか?もしそうならば、どの様に変わったのかを教えてください。

 過去の未解決問題に最新の知見と技術で挑むことで、その解決だけでなくさらなる驚くべき新発見がもたらされる可能性があることを思い知らされました。

 1997年の論文は、現在のPCP/MOF分野をつくったターニングポイントとなる論文です。そして、今回の論文は、これを27年ぶりにアップデートしたものです。私たちのグループから始まったガス吸着PCPとソフトPCPの歴史ですが、再び自分たちの手でその1ページ目を書き換えることができたことに大きな意義を感じています。私の研究人生への影響はまだわかりませんが、PCP/MOF研究分野への影響は間違いなく大きなものとなるでしょう。

現在のあなたのポジション、仕事環境を教えてください(アカデミック、産業、など何でも構いません)。iCeMSでの研究を通して得た、知識や経験などはキャリア形成にどのような影響を与えましたか?

 現在、私はアイセムスの特定講師として、いくつかの研究プロジェクトを同時に進めています。その中でもメインとなるのは、NEDO(新エネルギー・産業技術総合開発機構)のグリーンイノベーション基金事業のプロジェクトで、排ガス中のCO2を効率的に回収するPCPの開発を進めています。さらに、個人の研究として、MOF/PCPの単一結晶粒子の吸着挙動をX線吸収イメージングによって明らかにする研究にも取り組んでいます。また、最近では、解析センターにおける最先端の分析機器のユーザーサポートも担当しています。

 アイセムスが設立された2007年当時、私は北川研究室の大学院生でした。少し距離を置いてアイセムスを見ていましたが、異分野の融合からオリジナリティを追求する研究スタイルには大きく影響を受けました。学位取得後は、さまざまな研究機関で異なる分野の研究に取り組んできましたが、この融合研究のスタイルは私にとって行動の指針となっていました。その後、縁あって2022年に京都大学に戻り、アイセムスに所属することになりました。これを機に、最新の知識と技術をもって過去取り組んでいた研究に再チャレンジし、決着をつけることができました。今後も、融合的かつ多面的なアプローチを継続し、今回のような、まだ誰も気づいていないけれど本質的に重要な研究を展開したいと考えています。

論文情報

論文タイトル:“Progressive gas adsorption squeezing through the narrow channel of a soft porous crystal of [Co2(4,4’-bipyridine)3(NO3)4]”
著者:Hirotoshi Sakamoto, Ken-ichi Otake, and Susumu Kitagawa

Communications Materials (Springer Nature) | DOI: 10.1038/s43246-024-00609-x

発表:2024年9月