細胞の働きを見つめて、真実を導きだす

人間の細胞の数はおよそ37兆2,000億。そのうち、不要になったり異常が発生したりする細胞は、毎日100億個ほど。それらの細胞は死ぬまぎわに「私を食べて」というシグナルを発し、それをマクロファージという白血球が感知・捕食する。この貪食過程がうまく進まないと死んだ細胞が破裂し、自己免疫疾患を引き起こす。しかし、シグナルの提示方法やマクロファージの感知方法など、謎が多い現象でもあった。この解明に一歩踏み込んだのが、鈴木淳教授のグループだ。

教授

鈴木 淳

Jun Suzuki

「細胞レベルの生命現象をつぶさに観察して、その仕組みを解明するのがぼくの研究です。細胞がどう制御されているのか、わかったときの喜びといったら……」。大きな手振りで陽気に話す鈴木教授は、まるで新しい遊びを見つけた子どものように楽しげだ。

すずき・じゅん

1977年に兵庫県尼崎市に生まれる。1999年からニュージーランドのヴィクトリア大学に研究留学。2007年に大阪大学大学院医学系研究科博士課程を修了。2007年から2015年まで京都大学大学院医学研究科医化学教室に在籍、大阪大学免疫学フロンティア研究センターをへて、2017年から現職。

何をするのか迷っていた大学生時代

 「学生時代は何にものめりこめていませんでした」と、鈴木教授はバツが悪そうに自身の学生生活をふり返る。「高校ではバンドを組んでいて、ベースを弾いたり曲を作ったりと楽しんでいましたが、同時に受験勉強も意識する中で、どちらにも集中できていませんでした」。大学でも、入学したての頃は、とりたてて勉強に集中するタイプではなかった。そんな鈴木教授の転機は、大学時代に二度訪れる。
 一度目は、遺伝学を専門に研究しておられた蒲生寿美子先生の講義を受けたこと。なんとマンツーマンだった。「科学史や遺伝学のなりたちなど、広い視野で深い話をたっぷり聴ける、ぜいたくな授業でした」。自分の興味・関心が生命科学の研究に傾いているのに気づいた。そこで蒲生先生に「できれば早い時期に留学したい」とつぶやいた。すると、交換留学のプログラムがあると教えられ、さっそく研究計画を書き、ニュージーランドへの研究留学が決まった。

「面白さ」を求めて、まっすぐに

留学中は、ウェリントンの街中にあるお客も参加可能なセッション・カフェで、バンド演奏を楽しんだ。写真右が鈴木教授

 ニュージーランドでの研究テーマは「アルコール中毒と遺伝子との関係」。お酒を飲めるか飲めないかは、アルコールの代謝酵素の変異と関係していることを知り、遺伝子と病気の因果関係のみならず、人間の生命現象との関わりについて、もっと知りたいという思いが芽生えた。
 現地の学生からは「学ぶ姿勢」を学んだ。「学生ローンを組んで学費を捻出する人は多いし、単位を落とすとお金を払って同じ授業を受け直さなければならない。勉強しないことは、死活問題なのです」。学ぶことに貪欲な彼らとの議論を繰り返すうちに、研究にのめりこむ楽しさを知る。これが鈴木教授の二度目の転機だった。
 刺激的な留学経験を経て、研究者を志してから、大切にしてきた判断基準は「自分が面白いと思うかどうか」。「帰国後の進路は、『研究のしかたが面白い』と感じた人のもとにつこうと決めていました。そのおひとりが大阪大学の長田重一先生です」。細胞の死についてすでに多くの業績をあげておられた長田先生。その研究手法は、まずは現象を見て、それに関連する遺伝子を調べるというもので、鈴木教授の思考とも合っていた。「長田先生のもとでは、なにを研究するのが面白いか」と考えて、現象としては古くから知られているけれども仕組みのわかっていない「『私を食べて』シグナル」の解明に挑んだ。
 先生のもとで10年。新しい場所で新しい研究プロジェクトを立ち上げたいという思いがふつふつと湧いてきた。「これまで親に世話になっていたけど、そろそろ家を出て自立しようと。そんな感覚です(笑)」。タイミングよくiCeMSとの縁が生まれ、京都へ。

あらためて考える、研究に大事なこと

マクロファージがアポトーシス細胞を貪食するようす。アポトーシス細胞は色素でラベルされており、貪食されたときのみ、蛍光を発するように細工してある

 出張などで大学を離れるとき以外は、ラボで実験をしていたという鈴木教授。「ぼくは自分のアイディアにあまり固執していません。実験データに真実が潜んでいるときは、思ってもみなかった発見をすることがあるし、実験を重ねることでようやく辿りつける真実もある。アイディア通りに進んだときはもちろん嬉しいけれど、アイディアと実験データとのギャップを修正しながら進めていく過程も面白い。欲をいえば、ずっと実験していたい」。リーダーとなって、実験の現場から遠のくことには一抹のさみしさもある。
 しかし、リーダーの役割にもやりがいは多い。「実際に手を動かすのは、学生や研究員です。彼らが自ら『面白い』、『知りたい』と思って実験することで、最後のふんばりがきいて、重大なデータがとれることがある」。結果が出なくとも、なにかにのめりこんだという経験が1回でもあれば、それはいつか必ず「最後のひと粘り」につながる。「そういうぼくにも、あそこでやめずに頑張ったのが良かったというポイントがいくつもありますよ。『最後のひと粘り』を絞りだせる環境を整えることが、ぼくの役目です」。

故きを温ね、新しき真実をつかむ

 鈴木教授は、自身の研究を「温故知新」と表現する。死ぬまぎわの細胞がマクロファージに「私を食べて」というシグナルを発する現象は、30年前にすでに確認されていたが、当時の技術ではどう分析すれば良いかわからなかった。「世間の話題にのぼるのは、がんやiPS細胞。でも、そういう流行から視点をずらしてみると、興味深いけれど解明されないままになっている生命現象がたくさんあるのに気付きます」。血液凝固のプロセスにも細胞が死ぬときと同じようなシグナルが出るとわかり、筋ジストロフィーや小脳失調症など、難病の原因解明が期待されている。「古くから知られている現象も、新しい技術やアイディアを活用して研究すれば、思ってもいなかった生命現象や病気と関連するとわかることがあります。時を経て、現代のぼくらの目で見つめ直した研究が、生命科学や医学研究の最先端として注目されれば面白いですね」。

制作協力:京都通信社

※本記事は、アイセムスのニュースレター「Our World Your Future vol.4」に掲載されたものです。研究者の所属などは、掲載当時のものです。